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日蓮大聖人・池田大作

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第三章 仏法は「生老病死」をどう超える…  

「生命と仏法を語る」(池田大作全集第11)

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1  一生を価値あるものに
 屋嘉比 「生」から「老」の問題に入っておりますが、もう少し深く、池田先生にうかがいたいと思います。
 池田 人間は、この世に「生」をうけた瞬間から、絶対に避けることのできない「老」の相、「病」の相、そして「死」という厳粛なる相を、現じていかねばならない宿命がある。これだけは厳然として平等です。
 屋嘉比 まったくそのとおりです。
 池田 ですから、仏法は、広くみて、衆生、つまり「生」あるものはすべて、この現実から、消え去っていく。
 その実相のうえから、どう生きていくべきか、また生きていかねばならないか、ということを説き明かしたものといえるでしょう。
 屋嘉比 それこそが、一切の根本問題と思います。
 池田 私は、この「生命と仏法を語る」も、じつは、この生、老、病、死という「四相」を軸にしながら論じていこうと、密かに思っているのですが……。
 ── 屋嘉比さん、第二章で、「生」の意義、「老」のナゾも、医学ではこれからである、という話でしたね。
 屋嘉比 現段階では、一歩一歩と、解明に近づいてはいますが、まだまだ時間がかかるでしょう。
 池田 いわば、「生命」の実相というものを、東洋の英知が、演繹的にとらえようとしたのが、仏教である。帰納的に近づこうとするのが、西洋の医学である。その両者の方向性に、一致点が見いだされたとき、人類の偉大なる蘇生の開幕となるでしょうね。
 なかんずく大乗仏教が、最もその解答を明確にしていると、私は思っております。
 屋嘉比 科学の分野においては、今世紀最大の科学者といわれるハイゼンベルク、ボーア、アインシュタインといった世界的物理学者が、東洋の仏教という存在に、光をあててきております。こうした傾向性が、医学の底流にも湧きおこってきていると思います。
 池田 ともかく私どもは、いちおう、有限であるこの一生を、最高に有意義に、かつ価値あるものとしていきたいものです。
 屋嘉比 私も、何人もの患者の臨終に立ち会っておりますが、周囲の人々に厳粛なる「生」と「死」の姿を教えて亡くなる人もいる。
 また、やるせない悲しみと苦しみの姿で亡くなっていく人も多くいる。
 その亡くなっていく人と、それをとりまく人々の姿を見たときに、心深く、信仰というか、宗教というか、その心が呼び起こされてくる気がします。これは私の原体験です。
 池田 まことに尊い体験と思います。
 屋嘉比 日本の分子生物学の権威といわれる渡辺格博士は、「他人の死は、客観的にとらえられるが、(中略)自分が死ぬこと、この世からいなくなるということが自分でよくわからない」と言っております。
 これは、医学を志向するうえで、忘れてはならない点と思います。
 池田 たいへんに率直、かつ的を射た言葉と思います。
 人間には、さまざまな人生があり、さまざまな死がある。病気がちの人もいる。短命の人もいる。また火事や交通事故のような、不慮の死に出合う人もいる。また殺されるような場合もまれにある。
 老衰で亡くなる人も多くいる。そして、いわゆる寿命で亡くなる人もいる。それこそ千差万別である。
 しかし、長命であったから即幸せである、と言いきれない場合もある。もちろん、それも幸福のひとつには違いないかもしれないが……。
 だが、ここでいちばん大切なことは、心の奥底から幸福を感じとれる一生であるか、悩み、煩悶に明け暮れながらの一生であるかということは、当事者である本人が、いちばんよく知っていることだと思う。そのへんの人生の深い在り方を、人はもっともっと考えなくてはならない時代ではないでしょうか。
2  仏典に登場する名医たち
 ── いつかうかがおうと思っていたのですが、仏法では手術を認めるのですか。
 池田 それは、場合によるでしょう。決して手術をしてはいけない、という御文はない。
 歴史的にも、二千数百年以上も前、インドに仏教を持った大外科医がいた、という事実があります。
 屋嘉比 それはだれでしょうか。
 池田 ご存じでしょうが「耆婆」です。
 屋嘉比 仏典に出てくる著名な医学者は、ほかにもおりますか。
 池田 います。日蓮大聖人の「治病大小権実違目」という御文にも出ております。
 「所謂治水・流水・耆婆・扁鵲等が方薬・此れを治するにゆいて愈えずという事なし」と、耆婆という名医の他にも、治水とか流水とか扁鵲といった、高名な名医の名前が出てきます。みんな、屋嘉比さんたちの先輩ですよ。(大笑い)
 屋嘉比 それでは、日蓮大聖人の時代には、どういう方がおられたのでしょうか。
 池田 有名な四条金吾という方がおります。大聖人の在家の信徒の一人です。
 屋嘉比 治水とか流水とかいう人は、どういう経文に出ているのですか。
 【池田】 金光明経という経文に出ております。治水が親で、流水が子供です。
 屋嘉比 耆婆はどんな人ですか。
 池田 釈尊の弟子です。また釈尊の侍医であったという説もあります。
 ── 扁鵲は、どうでしょうか。
 池田 有名な司馬遷が書いた『史記』のなかに登場してきます。
 屋嘉比 まだ、ほかにおりますか。
 池田 中国の「華陀」も御文に出ています。これはたいへんな名医であった、という歴史的資料(『後漢書』『魏志』)が残っております。
 屋嘉比 ところで、耆婆が活躍した二千数百年前といえば、西洋においては、ギリシャ医学が華を咲かせてくるころです。
 池田 そのようですね。古代インド医学、仏教医学とギリシャ医学は、古代人類の東西における、医学の双璧といっていいでしょう。
 屋嘉比 私も、古代インドの医学について、最近調べてみましたが、たしかに、驚くべき医学的事実があったことを知りました。
 池田 もっと調べてください(笑い)。耆婆なんかは「耆婆大臣」といって、政治家でもあったわけです。この耆婆は、「医王」とまでいわれ、仏典にも記されております。
 たとえば、彼は脳腫瘍とみられる病気を治療するために、開頭手術まで行ったようです。それだけでなく、腸閉塞とみられる子供の開腹手術まで行っている。そして完治させているようです。
 ── 現代人として、たいへんな驚きですが、仏典なり、史実なりの証拠があるのでしょうか。
 池田 四分律という仏典にもある。また有名な羅什三蔵が漢訳した、大品般若経にも、詳しく述べられております。
 屋嘉比さん、インドでは、それ以前においても、痔の手術をしたり、膀胱結石の手術を行ったようですね。
 屋嘉比 そうなんです。私もそうした史実を、『ススルタ大医典』(日本医史学会版)のなかに見つけたときには、信じられませんでしたね。
 池田 現代医学に比較して、どこまで技術が進歩していたかは、いまでは知る由もありませんが、いちおう、歴史の事実です。
 ── それにしても、そんな昔に、脳とか腸の手術をして、痛くなかったのですかね。(笑い)
 池田 いや、自分はそこにいなかったので、よくわからないけれども(大笑い)、ただいえることは、当時、すでに全身麻酔のようなことがなされていたようです。
 ── たとえばどんなふうにしたのでしょうかね。
 池田 いま申しあげた四分律には、「醎食を与へて渇せしめ、酒を飲んで酔はしめ」と出ております。
 ですから、醎食つまり、なにか相当塩辛いものをあたえて、のどが渇いたところで、多量の強い酒を飲ませる方法でもあったのでしょうか。
 屋嘉比 あっ、それはアルコールによる麻酔の一種の方法でしょうかね。
 池田 専門的なことは、私はよくわかりませんが、アメリカの研究者が、耆婆は手術をしたときに、「サンモヒニー」というもので麻酔をかけ、また「サンジーヴァニー」というもので覚醒させた、という記録があると、なにかに書いていたと思います。
 屋嘉比さん、専門家なんですから、一度この本を読んで、私に教えてください。(笑い)
 屋嘉比 はい、わかりました(大笑い)。英文ですか。
 池田 英文です。
 日本語訳の本はありません。ただ、部分的に日本語に翻訳した人もいるようです。
 屋嘉比 「サンモヒニー」とか、「サンジーヴァニー」というのは、聞きなれない言葉ですが、英語ですか。
 池田 サンスクリット語なんです。それがいったい何なのか、まだ確認されていません。
 この研究者は、朝顔の種からつくった麻酔薬ではないか、と推測していたと思います。記憶なので、多少間違いがあるかもしれませんが、ご了承ください。
 屋嘉比 よくわかりました。調べてみます。
 ── それはそれとして、屋嘉比さん、近代医学では、いつごろから脳外科の手術が行われるようになったのでしょうか。
 屋嘉比 十九世紀の末だったと思います。
 ともかく、アルコール麻酔による脳の手術は、耆婆が世界で初めてだと思われます。
3  関心を集める「インド医学」「仏教医学」
 ── 手術したあと、傷口に塗る消毒薬もあったのでしょうか。
 池田 何を使ったか、わからないのですが、それと思われるフシがあるんです。四分律では手術の最後に「好薬を以て塗る、即時に病除き……」というくだりがあるんです。
 屋嘉比 なにかの消毒薬が使われていたことは、十分に推測できますね。
 ── それにしても二千数百年もの前に、どうしてこんな高度な医術が発達したのでしょうか。
 池田 当時の記録の詳細がすべて残っているわけではありませんので、個々の技術については断定はできないのです。
 ただ、古代インドには、それらの技術の基盤となる「インド医学」、ならびに釈尊や耆婆によって、そのうえに創設された「仏教医学」というものがあったようです。
 ところが、長い間、西欧の医学研究者は、こうした仏教医学の先見性を、なかなか信じることができなかったようですね。
 ── 最近は、学問的にも取り上げられてきてるんでしょうかね。
 屋嘉比 第二章でも、ちょっと話題になった「ニューサイエンス」を提唱する科学者たちの研究にも、そうした傾向がみられてきましたね。
 池田 私たちの知っているところでは、イギリスのジョセフ・ニーダム博士も、東洋医学の研究をしてきていますね。彼は、たいへんに地道に東洋の科学史の研究をすすめてきている。
 屋嘉比 博士は東洋科学史の第一人者として、異存のないところです。
 それにしても「仏教医学」とはよくいったもので、その先見性は注目に値するものがありますね。
 池田 釈尊当時のインドにあっては「医方明」、つまり医学も、帝王学のひとつにされておりましたからね。
 釈尊自身も、この医方明という当時の医学の知識については、相当なものがあったようです。
 これは、仏典のなかにも、さまざまな病気やその病因、また薬学や具体的な治療法、さらには病気の予防、看病にいたるまで、折にふれ、時に応じての広範囲にわたる説法が、随所に見られることでわかります。
 屋嘉比 具体的には、どのようなことが説かれておりますか。
 池田 ひとつの例をあげますと、ある仏典で、病気は治すことも大事であるが、かからないようにすることがより大事である。それにはどうしたらよいか、というようなことまで、こまごまと説かれております。
 屋嘉比 医学の基本です。最近とみに「予防医学」というものが重視されるようになっております。たいへんに先駆的な見方ですね。
 池田 たとえば、卑近な例で「睡眠」がいかに重要であるか、というくだりもあります。とくに「熟睡の心がけ」ということが説かれております。
 屋嘉比 医者自身にも、切実なる問題です。(笑い)
 池田 また、「リズム正しい生活」「規則正しい食事」の励行などがなぜ大事か、ことこまかに説かれたものもあります。
 屋嘉比 たいへんな気くばりだったわけですね。
 ── 素晴らしき「健康維持法」ともいえますね。
 池田 ともかく、現実生活に密着した健康法、長寿法を考えたと思われますね。
 ですから釈尊は、弟子たちが病気にならないように、健康で修行が達成されるように、常に配慮していたことがわかります。
 ── 大指導者たるもの、いちいち細かいことなど考えない、などと思うことは、たいへんな間違いであることがわかりました。
 池田 ただ、ここで申しあげておきたいことは、釈尊の弟子たちの姿を見ればすぐわかるように、いざというときは「法」に殉ずる精神が根本であったということです。
 こうした釈尊の心くばりも、弟子が修行を完結するためであったということを、決して忘れてはならないということです。
4  真実の仏教は科学を否定しない
 屋嘉比 そのほかにも、仏教に説かれているものがあれば、参考にもしたいと思いますので、ぜひ教えていただけませんか。
 池田 「食生活」ということについても、増一阿含経という経文に説かれております。
 「若し過分の飽食は、則ち気急に身満ちて、百脈調はず、心をして壅塞せしめ、坐臥安からず、又食を減少すれば、則ち身羸れ心懸かに、意慮固まることなし」
 これはおわかりのように、食べすぎは循環器系に悪い影響をおよぼし、無気力にする。また逆に食を減らせば、身体がやせるばかりか、心が不安定になる、というような意味でしょうか。
 屋嘉比 適度なバランスのとれた食事、大切ですね。いやいや、そのとおりです──これこそ健康の基本ですからね。
 ── 耳が痛いです(笑い)。編集の仕事は、まったく不規則なもんで……。
 池田 まあ、現代医学とは、まったく比較できないものも、多々あるでしょうが……。ご存じのように、インドは昔から多民族国家である。気候も北と南では、はなはだ違っている。さらにカースト制度のような社会の構造があった。
 こうした環境や、生活習慣や、社会風土をふまえながら、当時の仏教は、しだいに医学の体系も、必要となってきたと思われます。
 ── なにごとも、その時代背景、民族意識というものを、知らねばならないと思います。
 そこで、もう少しおうかがいしたいのですが、ほかにも医学関係のことが説かれた仏典はありますか。
 池田 大乗仏教である法華経にもあります。また権大乗教や小乗教ではありますが、維摩経や、雑阿含経などの仏典にも数多くみられます。
 とくに、仏医経、医喩経、治禅病秘要経、療病痔経、十誦律などには、多く医学的なものが説かれております。
 屋嘉比 釈尊の時代とほぼ同時期のギリシャでは、医学は最高の経験科学として、尊ばれていたようです。ヒポクラテスの「誓い」などは、いまでも、座右の銘としている医師がおります。
 古代インドにおいても、そうした当時の科学としての医学を、仏教が徹底的にふまえているということになりますね。
 池田 最高の英知は、東西にわたって一致しているものですね。
 ところで、よく仏教は科学的でないとか、科学を否定しているとか、批判されてきたが、とんでもない間違いです。真実の仏教は、決して科学を否定はしていない。いな、科学の合理的、実証的なもののとらえ方を、最も大切にしているのが仏教です。
 よく戸田第二代会長は「仏法は科学を尊敬し、科学は仏法を尊敬していかねばならない」と言われていた。
 私は、そこにこそ「科学」と「宗教」とが、人類に貢献しゆく、ひとつの同じ志向性を共有する、尊い基盤ができると思っている一人です。
 ── そこが「科学」と「宗教」の未来を志向するうえで、重大なカギと思います。
 屋嘉比 仏法と医学は決して相反しない、ということがよくうなずけます。すると、手術をしたほうがいいものについては肯定すると、とってよろしいのですか。
 池田 ですから、極力手術しないで治せるものであれば、それにこしたことはないわけです。
 ゆえに強盛なる信仰ということが、すべての大前提となりますが、手術しなければ治せないとハッキリしている外科的な症状なんかは、当然のことです。
 ただし、よく戸田第二代会長も言っておられたが、なんでも手術、手術という傾向も、現代社会の深い問題であると思います。できうるものであれば、この尊厳なる身体にメスを入れずにすむなら、そのほうが望ましいと思います。
 とくに、高齢になられた方々の手術はむずかしい、ということも考えねばならないと思います。
 屋嘉比 よくわかりました。また、よくわかります。医者自身も手術をうけるのはいやです。(大笑い)──大聖人のお手紙のなかには、なにかございますか。
 池田 いくつかあると思いますが、そのひとつのお手紙に日蓮大聖人は、南条兵衛七郎という信者へ、「病人に薬をあたふるにはさきに服したる薬の様を知るべし、薬と薬とがゆき合いてあらそひをなし人をそんずる事あり」とおっしゃっておられる。
 簡単に言えば、あまりいろんな薬を、作用も知らないで重ねて飲んではいけない。また時間の間隔も考えて飲むべきである、というような意味と思います。
 屋嘉比 いや、薬の処方は、近代医学でも治療学の基礎です。七百年以前に、治療学の基本のうえから指導された御文があるとは、たいへんな驚きです。
 ── 最近、なんでもかんでも、生体に化学物質を投与したがる傾向がありますが、危険なことですね。それが原因で起こる体内の諸変化についての研究は、十九世紀後半から本格化されたようです。
 屋嘉比 ですから私は、大聖人のこの御指導は、正しい意義があると思います。
5  仏法は人生の医学
 ── それでは、仏さまでも医者や薬が必要なのでしょうか。(笑い)
 池田 それは当然でしょう。(笑い)
 大聖人も「示同凡夫」であられる。「凡夫僧」でもあられる。また生身のお姿であられる。ゆえに気候の変化や、お疲れなどによって、当然、なんらかの影響はあらわれる。
 ですから、多少の病もあるでしょうし、悩みもある。そうでなければ、凡夫の苦悩が、おわかりになられない。
 ── それが自然だと思います。また道理だと思います。
 池田 法華経では、「仏は少病少悩」と説かれている。なにか特別な存在であられれば、衆生済度は、永久にできないでしょう。
 よく戸田第二代会長は、「猿の世界は猿がいちばんよく知っている。また鳥の世界は鳥のほうが、われわれよりも知っている……、もったいない譬えであるが、同じように末法の凡夫の苦悩は、同じ凡夫のお姿であられる大聖人がいちばんよくお知りであり、お救いになってくださるのである」という意味のことを言っておられた。
 そのへんで、いちおうわかってください。(笑い)
 ── たいへんな迫害と大難の御一生であられ、普通の人間では耐えられないでしょう。
 池田 そう思います。
 永遠の人類のために、大正法を残してくださるために、忍辱してくださったのです。
 屋嘉比 佐渡もそうでしょうけど、身延の沢も寒かったでしょうね。
 池田 佐渡については、「八寒を現身に感ず」という御文もあるほどですから……。
 また身延の山中のご様子を、「八年が間やせやまいと申しとしと申しとしどし年年に身ゆわく・心をぼれ候いつるほどに、今年は春より此のやまい・をこりて秋すぎ・冬にいたるまで日日にをとろへ・夜夜にまさり候いつるが・この十余日はすでに食も・ほとをととどまりて候上」とも……。信徒へのお手紙のなかにも、このような御文があります。
 ですから、もったいないかぎりですが、肩もこられたでしょう。御尊体もいかばかりであったか、と私は拝察します。
 つまり外用のお立場で、凡夫僧という姿を現じられている以上は、現象面では、私どもと同じ人間としてのお姿であることは、当然となるのでしょう。
 屋嘉比 医学者としてもその姿のほうが、納得いきます。神秘的なもの、架空のものは、現代人は信じられませんからね。
 池田 そうでしょうね。要するに仏法は、色心ともに健全に、そして色心ともに生きいきとして、社会のなかで限りなく生きゆくことを教えている。
 その仏法の根幹となるものは「慈悲」である。
 屋嘉比 「医は仁術」とよくいいますが、仏法は人生の医学ともいえますね。
 池田 「ニンジュツ」とか「ジンジュツ」とか聞くと、「忍術」の「猿飛佐助」を思い出すが(大笑い)、それとは違うんでしょうが、本当に「仁術」の医学であってもらいたいですね。それが人々の要望です。
 ほんの一部でしょうが、人を煙にまく「ニンジュツ」のようなのもありますね(笑い)。本当に人々の悩み、苦しみを治し、希望をあたえぬいていくことが「ジンジュツ」なんでしょうね。(大笑い)
 屋嘉比 そうなんです。(大笑い)
 池田 そこで、大聖人が仏法の真髄を御教示された「御義口伝」には、「仏心とは大慈悲心是なり」とあります。
 大切なことは、決して利害であってもならない。損得であってもならない。ただひたすらに、人をして、この一生は当然のこと、永遠にわたる人生の生きがいと蘇生への、勇健なる原動力をあたえゆく「大法」を教えゆくことにある。
 それを私どもは、日夜、実践しております。これも、言葉をかえて言えば、ひとつの「仁術」かもしれません。
 屋嘉比 医学者として忘れてはならない、大切な課題と思います。
 池田 ところで、医学にかぎらず、天文学でも、数学でも、この古代インドにおいては、学問的にたいへんに進歩した時代であった。有名な歴史的事実です。
 さらに政治や文化においても、かの有名なアショーカ大王やカニシカ王に代表されるような、平和国家のひとつの理想の姿ができあがった。
 その基盤となる思想というか、哲学といおうか、それが即仏教であったということを、私は誇りにしております。
 と同じように、複雑な現代社会、また未来において、仏法の真髄である大聖人の仏法を基盤として、さらに光輝ある社会と世界を、現出していくという悲願が、私どもの「祈り」であり「行動」なのです。
 ── たしか、ガンダーラ美術の時代も、見事な文化の開花がなされた時代でもありましたね。
 それはさらに、中国の唐代の文化、日本の白鳳、天平の文化とも全部連動し、つながっているようですね。
 池田 まったくそのとおりと思います。ひとつのすぐれた文化が開花した場合、世界に広がっていくのが、歴史の方程式である。また自然な道理といってよい。
 ゆえに、完全なる根ができあがってしまえば、世界への開花は早い。根っこを固めるのがたいへんなのです。それがいまの時代と思っています。
6  「成長」のピークは二十五歳
 池田 ところで屋嘉比さん、人間の若さは何歳ぐらいがピークですか。
 屋嘉比 生物的な意味での「成長」の頂点は、だいたい二十五歳です。それからは、どうしても下り坂です。(笑い)
 池田 すると、やはり二十五歳ごろで、ほぼ人の背丈や、足のサイズなどの体形も、固まってくるとみてよいですか。
 屋嘉比 そのとおりです。その意味では、幼年期、少年期から二十五歳までが、一個人の人間が心身ともに形成される大事な時期となります。
 ── だが、脳だけは違うようですね。
 屋嘉比 ええ、だいたい三歳過ぎまでに、人間の脳の重さは大人の七〇~八〇パーセントになります。
 池田 この三歳ぐらいまでの成長期の脳に、いったん刻み込まれたさまざまな刺激は、そのまま先天的な素質のような習性となってしまう、と聞いたことがありますが、どうでしょうか。
 屋嘉比 そのとおりです。とくに三歳までにできあがった「性格」は、一生をとおしての基本になる、といえると思います。
 池田 ともかく、どんなに小さい子供でも、驚くほど、独立した一個の人間としての人格を、その内面にもっていることは事実ですからね。
 そういう意味からも、三歳ぐらいまでの躾がたいへんに大事だ。
 屋嘉比 たしかに、医学的にも、心理学的にも、三歳ごろまでの育児環境、また教育が大切だということはいえると思います。
 ── 最近の親は、そうしたことを聞くと、すぐ「幼児天才教育」を連想しますね。(笑い)
 池田 いや、その子が一生涯、幸せになっていけるような環境というか、思いやりを、両親がもつことが大事だと思う。夫婦ゲンカなんかは、あまりよい環境ではないようですね。(笑い)
 屋嘉比 そのとおりです。
 池田 教育を心がけることは、当然、大切と思いますが、子供の成長の段階、段階において、その子のために何を見守ってあげたらよいか、ということが、素朴のようではあるが、大切な教育であることを知らねばならないでしょう。
 ── その意味では、しっかり「しつけ」ることも大切ですね。「しつけ」の第一は食事にあると思います。
 屋嘉比 心理学的にみても、食べ物の好ききらいが多い子供は、ゆがんだ性格になる傾向が強いといわれています。
 池田 十九世紀に、世界で初めて幼稚園をつくったので有名なドイツの教育家・フレーベルも、『人の教育』(小原國芳訳、玉川大学出版部)という本に、同じようなことを書いておりましたね。
 「子供は食物のいかんによっては、怠慢にもなれば勤勉にもなり、(中略)また無気力にもなれば活発にもなる」という内容でしたが。
 屋嘉比 長年の幼児教育体験のうえから、児童の傾向をみていったわけですね。
 ── このまえ、大人にとっても食生活がいかに大事か、というような調査結果が出ておりました。
 屋嘉比 何についての調査でしょうか。
 ── 「交通事故多発者の食生活」というものです。
 二十三歳と二十五歳の、交通事故を起こしたドライバーのアンケートをとったものです。それによると、砂糖を多くとっている人が圧倒的に多いというんですがね。
 屋嘉比 なるほど、砂糖の過剰摂取が人間の身体におよぼす影響は、ドイツのダフティという博士などが古くから指摘しています。眠気をもよおし、集中力が低下します。
 池田 すると、私なんか貧乏育ちで、甘いものばかり食べてたから、まずかったな(爆笑)。私はもうこの年だから、別として(笑い)、子供たちにはよく指導し、見守っていかねばならないと思います。
 屋嘉比 子供の非行も、食生活と深い関係があるという調査があります。
 ── そうですか。「だいたい問題のある子供は、三度の食事をきちんと食べない。決まった時間に食べないで、外食が多い。家族と一緒に食事をしないで、一人で食べたり、友達と食べたりしている場合が多い」という、新聞社の統計資料もありますね。
 池田 これは聞いた話ですが、アメリカの上院には、「栄養問題特別委員会」というのが設置されているそうです。そこで以前出したリポートにも、「家庭内暴力の多くは、食べ物にも問題がある」と報告されているそうです。
 屋嘉比 最近の子供に“根気が欠ける”のは、家庭でのきちんとした食生活のしつけがなされていないからだ、と主張する学者も少なくありません。
 池田 でしょうね。ま、これは一概にはいえない場合もあるでしょうが、やはり食事は、楽しく語らいながらというのが理想でしょうね。
 できるだけそうした方向にもっていけるよう、努力をはらっていくことが、また、そうしようとする気持ちが大切なのでしょう。
 屋嘉比 “どのようなものを”“どのような調理の仕方で”“どんな雰囲気のなかで”食事するかが大事ですね。人のことはいえませんが。(大笑い)──朝食をつくらない母親、朝食を食べない子供も増えているようです。
 屋嘉比 昔は、お母さんが朝食の支度をする。その台所のまな板の音が、一家の目覚まし時計に、どの家庭もなっていた。五感のうちでいちばん早く目覚めるのは、耳のようですね。(笑い)
 池田 ともかく、朝ごはんがおいしく食べられるかどうかで、その日の身体の具合がよくわかる。(笑い)
 ですから大聖人は、「食には三の徳あり、一には命をつぎ・二にはいろをまし・三には力を」と、説かれております。
 屋嘉比 一日の活動のエネルギーは、なんといっても朝食ですから、最も大切なことと思います。
 池田 私の恩師は、よくこんなことを言っておられた。「よく食べて、よく寝られれば、人間は健康なのである」と。先生ご自身の姿を見ても、まったくそのとおりだったと思います。
 やはり食事と睡眠というものが、生命体としての自身を維持し、働かせゆくひとつの源というか、リズムなんでしょう。
 ── ところで、食べ物を、医者はよく「かめ、かめ」と言いますが(笑い)、どうなんですか。
 屋嘉比 大事なことです。よくかむことは消化をよくし、胃を守ります。
 また、物をかみ、味わうということは、大脳に刺激を与えます。そして大脳から身体のさまざまな器官にまで、その刺激が連動していきます。
 ── 朝食をとることが、心身ともの目覚めにもなるわけですね。(笑い)
 屋嘉比 そうです。五感のうちではいちばん目覚めが遅い味覚を、起きた直後に刺激しますと、頭がはっきりしてくるんです(大笑い)。それと、やはり十分な睡眠も必要になりますね。
 池田 近ごろの子供は、どうも睡眠不足が目立つようですね。
 NHKの調査でも、「いましたいことは何ですか」という質問に、小学六年生の四人に一人、中学二年生では三人に一人が、「ゆっくり寝たい」と、答えていたそうなんですが。
 屋嘉比さん、睡眠不足を医学的にみると、どんな影響がありますか。
 屋嘉比 人間の体内には、発育にたいへん関係の深い成長ホルモンがあります。それが昼間よりも、眠っているとき、とくに熟睡中に分泌されます。
 とくに思春期の子供の場合は、睡眠中に多量に分泌されるということが、ドイツのフインケルシュタイン博士らによって、解明されています。
 ── やはり「寝る子は育つ」(笑い)。ほかにはありますか。
 池田 集中力がなくなり、無気力さが目立つようになるようですね。
 屋嘉比 大脳が疲労しますから、知覚、記憶の低下が、てきめんにあらわれます。
 池田 生物には、それぞれに必要とする一定の睡眠量がある、と聞いたことがありますが。
 屋嘉比 ええ。たとえば、オオナマケモノという動物は、一日二十時間は眠っているそうです。(笑い)──ウマは二時間といわれてますが。(笑い)
 屋嘉比 この睡眠ということも、たいへん不思議なことで、生命的観点からも、検討しなければなりません。
7  自分自身の老化を知るには
 ── ところで、若い人のなかには、「病」はともかく、「老」はまだまだ先のことだ、自分には関係ないと思っている人も多いと思いますが。
 池田 それはそうでしょうね。
 若いときから、そんなことばかり考えるような人間では、もはや心が老化だ。(笑い)
 私の恩師は、「青年が、若年寄りになってはいけない。青年は、青年らしく、徹夜で人生を語り、未来を語り、哲学を語るようでなくてはいけない」と厳しく指導していた。
 私もそれが自然であると思う。
 屋嘉比 同感です。私は、若さとはたんなる年齢的なものではないと思います。ましてや、若いときはなんでも勉強し、なんにでも挑戦していくべきだと思います。
 池田 ただ、人は生きていくそれぞれの段階で、十代には十代の、二十代には二十代の、三十代には三十代の、そして五十代には五十代の、通りゆかねばならない人生の軌跡はあるべきだと思います。
 ── 自分も若いとばかり思っていたけれど、もう四十代の半ばを過ぎてしまった(笑い)。
 まったく「光陰矢のごとし」ですね。「もっと若いときに」という反省が必ずあるものです。
 池田 ですから、人はひたすらに生きる若いときもある。大いに働くときもある。家庭をもち責任ある立場になるときもくる。社会の第一線からひいて、人生を深く考えねばならないときもくる。やがて「老い」とか「死」という現実に直面するときもくる。
 そうした幾つもの、さまざまな年輪を経ていくなかで、どれだけ奥行きの深い、広がりのある、自身の確信ある人生観がもてるかどうかが、大事となってくると思います。
 ── その意味では「老化」とは、たんなる年齢的、肉体的問題ではなく、一歩一歩の、人間的な「成長」の軌跡でなければならないといえますね。
 屋嘉比 生理学的にみても、人間はその細胞も、絶えず変化を果てしなくつづけていきます。考えようによっては、誕生して心身がどんどん成長していること自体、同時に心身ともに衰えていくという宿命的な方向に、すでに向かっているわけです。まことに厳しいものと思います。
 池田 ですから仏法は、この厳しき現実の人生のあるがままの姿を「生」「老」「病」「死」の四苦ともいっている。
 さらに「八苦」、つまりこの四苦とともに「愛別離苦」(愛するものと別れる苦)、「怨憎会苦」(憎むものと会う苦)、「求不得苦」(求めても得られぬ苦)、「五盛陰苦」(心身を形成する五陰の不調和による苦)といった、生命がもつ本然的な「苦」があるとも説いているわけです。
 屋嘉比 人生も生活も厳しい。(笑い)
 医学的、生理学的にみても納得のいく達観した観点と思います。
 ── これこそ、絶対的に避けられない人生の厳しき縮図ですね。
 池田 私なんか凡愚の身であるが、ただ、若いときから、医者からも短命といわれていた。また自分でも、そう思ってきた。ですから、いつも「生死」という問題に悩んできた。
 そして入信して、たまたま、大聖人の「御義口伝」の一節にぶつかったときに、一種の衝撃を受けたことを覚えている。
 屋嘉比 どういう個所ですか。
 池田 それは、「一切衆生生老病死を厭離おんりせず無常遷滅むじょうせんめつの当体に迷うに依つて後世菩提を覚知せざるなり」という御文です。
 簡単に申しますと、これは、人間というものは、「生老病死」という四苦を、本来的に生命それ自体にもっている宿命がある。それを明らかに、達観することができない。
 ゆえに、この自分自身の無常遷滅きわまりない姿というものに、「迷い」が生じてしまうのである、ということです。
 屋嘉比 すると、「後世菩提を覚知」とは、どういう意味になるのですか。
 池田 ここが少々むずかしいのです。結論から言えば、この自分の生命は三世である、と感得した境涯とでもいいましょうか。
 ここが、いかなる哲学者、宗教家、科学者、政治家といえども、この「無常遷滅」の当体ということにとらわれ、解決できない。解決したと思っても、部分的であって、根本的な解決はできない。三世を通暁、解了された悟りの「仏」に学び、行じ、信じていく以外ない、というところなんです。
 ── ちょっと話を変えますが、自分自身の老化を知る、わかりやすい目安は何ですか。
 屋嘉比 傷の治り方なども違ってくるようです。
 池田 同じような傷でも、年齢によって治り方が違うわけですか。
 屋嘉比 ええ、たとえば、五十歳の人では、二十歳の人の二倍の時間がかかります。
 また六十歳では、十歳の子供の五倍も、時間がかかりますね。
 ── 髪の毛が薄くなるのはなぜですか。(笑い)
 屋嘉比 むずかしい質問です。ただ、一つの説としては、毛髪に栄養を運ぶ血管が老化し、動脈硬化をおこしていくための影響が考えられています。白髪がしだいに増えるのもそのためです。
 ── 若ハゲの人はどうなんですか。(大笑い)
 屋嘉比 それは男性ホルモンの影響が強いからでしょう。ですから外見的にはむしろ強そうで男性的な人におきてもいいわけです。
 ── なるほど。外面だけで人は判断できない(笑い)。むしろ、そのほうが落ち着いてみえて得することもありますね。(笑い)
 池田 本当に人間の身体は不思議にできておりますね。「妙」の一語に尽きる。
 血液も脳、肝臓、腎臓といった人間の身体の最も大事なところに、最初に送られているようです。また栄養をあたえていくようですが。
 屋嘉比 そうです。ですから、高齢で血液循環が低下してくると、生命の維持に直接関係のない頭の毛などは、ほとんど栄養がいかなくなり、切りすてられるわけです。(笑い)──自分もなんとなくそんな気がするのですが、耳が遠くなるのは、どういうわけですか。
 屋嘉比 専門的に言いますと、聴力をつかさどる神経細胞の数が、だんだん減少したり、萎縮したりするからです。
 やはり、年齢がすすむにつれてみられる老化現象のひとつですね。人間の聴力は、二十代がピークなんです。
 池田 それと足が大事だ。足には、あらゆる内臓などの反射点が分布している、と聞いていますが。
 屋嘉比 ええ。手足の筋肉のなかにある神経は、脳にまで伝わっており、足を動かすと反射的に大脳の働きを活発にさせ、身体全体を活性化します。
 また、足の裏の土踏まずを刺激すると、胃腸の動きを活発にするようです。
8  「永遠でありたい」という願望
 ── ちょっと話をすすめさせていただきます。屋嘉比さん、医学はいつごろからはじまったのですか。
 屋嘉比 いわゆる西洋医学となりますと、十六世紀後半から十七世紀にかけて勃興しています。
 医術としては、相当古くから、エジプトやインドにあった、という説もあります。
 ── 大昔は、病気になった人や老人は、共同生活からはずされていった、ということをなにかで読んだことがありますが。
 屋嘉比 そうですか。食糧不足の関係かもしれませんね(笑い)。ともかく、医学というのも、「四相」というのでしょうか、そのなかの「病」「老」という人間の「苦」を、なんとか解決したいというところが出発点であったことは、論をまたないところです。
 池田 要するに、人間それ自体の「長く生きたい」、さらに「永遠に生きつづけたい」という、本然的な「意志」と「願い」と「祈り」とが、結晶されていったのでしょう。
 屋嘉比 たしかに、そうした願い、祈り、一念は、いまでもだれにでもありますね。
 現代医学を志す私にもあります。(笑い)
 池田 この世に、生きとし生けるものすべてが変化し、滅していくものである。それであっても人間は「永遠でありたい」という心情は、消すことができない。
 そこで、いまから五千年前においても、古代エジプト人は、自分をミイラにして、来世まで生きようとしたのは、あまりにも有名です。
 また、古代バビロニアでは、不老不死の薬を求めぬいて、多くの国々を遍歴したという神話までありますから……。
 屋嘉比 バビロンの栄華の時代ですから、四千年以上も前のことになりますね。
 池田 秦の始皇帝もまた同じく、徐福という側近に命じて、不老長寿の薬を探しに行かせたということも有名な話です。
 ── 一説によると、日本にまで足をのばし、和歌山県の熊野地方にまできているそうです。この地方には、いまでも徐福伝説として残っているそうです。
 池田 ああ、そうですか。不老長寿の薬を求めたというのも、われわれ現代人には夢物語のようにみえても、当時の人々はそれなりに真剣だったのでしょう。
 ですから、それらの願いは、しだいにひとつの信仰体系となり、そこにひとつの宗教というものの原形がつくられていったのではないか、と私は考えます。
 ── たしかに、旧約聖書の「創世記」には、神のように不死になれるという「禁断の木の実」の物語がある。
 中国の道教には、不老長寿のための「道術」「仙術」というのがある。
 古代インドのバラモン教の聖典にも「霊魂の不滅」が信仰されていた。
 屋嘉比 その現実性は別としても(笑い)、いつでも時代や国を超えた、ひとつの共通性というものはありますね。
 ── 私も学生時代は、いわゆるカント、デカルト、ヘーゲルなども読んでみました。そうした西洋思想、哲学も、その方法論はさまざまであっても、めざす究極の一点は「人間いかに生くべきか」、そして「生命とは」という方向性であったと思います。
 それでこのまえちょっと哲学事典を見たのですが、「そのいずれもが一つをもって生命を定義する試みは、すべて失敗に終わっている」となっていました。(笑い)
 池田 ですから、近代文明の進歩の源となったこれらの思想、哲学というものも、いまだその途上であって、決して到達点に達してはいない。
 東洋の英知の真髄と言いきれる大乗仏法のみは、「悟」という絶対性といえる「法」があると、申しあげておきたいのです。
 屋嘉比 たしかに西洋の哲学は、「生気的」生命論とか、「機械的」生命論であるとか、または「哲学的直観」とか、部分的には納得できるものがあっても、もうひとつピンとこないものがありますね。
 池田 今世紀初頭から、そうした部分観を統合して、全体的に生命をとらえようとする学問が出現したと聞いていますが、どうなんでしょうか。
 屋嘉比 そのとおりです。
 池田 具体的にはどういうことなんでしょうか。
 屋嘉比 ドイツの動物学者ハンス・ドリーシュが提案したものです。
 彼は、長年の研究から、生命にはどうもそれ自体がもつ「自律性」「協調性」があるのではないかと推論していったわけです。
 彼は、実験によって、細胞のような存在にも、その性質があることを確認し、「全体連関性」というものを提起しているんですね。
 池田 ほかにもそうした学者はおりますか。
 屋嘉比 イギリスのジョン・ホールデンという医学者もそうです。彼は「生命」と「環境」との関係が密接不可分であることを、生理学の分野で実験証明しております。
 池田 それが「全体的生命論」といわれるものですか。
 屋嘉比 そのとおりです。
 池田 「全体的生命論」というのは、ちょっと詳しくはわからないのですが。概観して言えば、「生命」とは部分が集まったものとしてだけでは認識できない。あくまでも生命全体からの原理的な把握がどうしても不可欠となる、というようにとってよろしいでしょうか。
 屋嘉比 そういってもさしつかえないと思います。つまり生命現象というものは、個々の物理学や化学の法則が成り立つ部分もあるが、これを「還元主義」といいますが、それによって生命全体をとらえることは、どうしてもむりがあると考えているわけです。
 ── それにしても、全体的生命といっても、まだまだ生命というものの部分観のような気が、私にはしますが。
 屋嘉比 そのとおりです。
 ですから私は、ある医学者が吐露していた、まったく正直な言葉が忘れられません。
 それは、「複雑にして微妙きわまりない生命現象は、究めていけばいくほど、解き難い幾多の問題にぶつかる。現代の進歩した自然科学の力によっても、なお打ち壊すことのできない幾多の障壁がある」と。
9  仏法で説く「不老不死」
 ── 仏法では万人の願いである「不老不死」について、なにか説かれておりますか。
 池田 日蓮大聖人の「如説修行抄」という御文にあります。
 「万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨つちくれを砕かず、代は羲農の世となりて今生には不祥の災難を払ひ長生の術を得、人法共に不老不死の理顕れん時を各各御覧ぜよ」とおおせなのです。
 ですから、この「不老不死の理」とは、別しては、仏の悟りの法門なわけですが、まことにありがたいことに、大聖人は「万民一同に」とおっしゃってくださっているわけです。
 ご存じのように、仏法では「仏」の異名を「如来」ともいっております。
 この「如来」とは読んで字のごとく、「如如として来る」と解釈します。
 この「如如として来る」、その本体は何かといえば、「瞬間」「瞬間」の生命それ自体をさしています。
 この瞬間の生命というものは、過去から現在へ、そして現在から未来へと絶えまなく流れていく。その三世にわたって存在していくという意義において、「過  来」「如来」「未来」ととらえているのです。
 またむずかしくなってすみません。(笑い)
 屋嘉比 大切なお話と思いますので、ぜひともお願いします。
 池田 ところが、この「過来」「如来」そして「未来」と、絶えまなく存在していく生命というものが、われわれ凡下の眼には、とらえようとして、とらえられないものである。
 この、まことに不可思議なる「瞬間」の生命の実体を、戸田第二代会長は、法華経の開経である「無量義経」の経文をひいて、わかりやすく私どもに話してくださっていた。
 屋嘉比 どういう内容ですか。
 池田 ちょっと読んでみます。
 「其の身は有に非ず亦無に非ず
  因に非ず縁に非ず自他に非ず
  方に非ず円に非ず短長に非ず
  出に非ず没に非ず生滅に非ず
  造に非ず起に非ず為作に非ず
    (中略)
  青に非ず黄に非ず赤白に非ず
  紅に非ず紫種種の色に非ず……」
 つまり「生命」とは、「有」るとか「無」いとか、「方」すなわち「四角」いとか、「円」いとか、「没」するとか、「生滅」とか、「造」るとか、「起」こるとかといった、ありとあらゆる概念によっても規定できない。
 それでいて厳然として存在し、一貫したものである、というわけなんです。
 屋嘉比 わかります。
 池田 ですから、この瞬間である「生命」というか、「一心」というか、「一念」の実在は、本来、見ることもできない。色もない。重さもない。(笑い)
 屋嘉比 生理学的に人間の身体をみても、絶えまなく細胞が分裂し、入れかわり、脳までも物質的には新陳代謝していきます。肉体も固定したものはありません。
 だから、「これが生命だ」といえるようなものはなにもありません。(笑い)
 ──「心」も、人間はしょっちゅう変わる。(大笑い)
 池田 そうした、変化してとどまることなき人間の実相を、仏法は「五陰仮に和合するを名けて衆生と云ふなり」と説いております。
 これは、人間という存在も、「色陰」「受陰」「想陰」「行陰」「識陰」の五つが仮に和合しているというわけです。
 「色陰」とは、有形の物質、身体の物質的側面
 「受陰」とは、六根(眼根・耳根・鼻根・舌根・身根・意根)を通し、外界のものを受け入れる心の作用
 「想陰」とは、受け入れたものを知覚し、心に想い浮かべる作用
 「行陰」とは、想陰にもとづいておこる意志や行動の善悪に関するあらゆる心の作用
 「識陰」とは、認識作用、識別作用、また受、想、行の作用をおこす根本の意識・心の本体をさしていると思います。
 そして「仮和合」でありながら、人間は、みずからの意志で行動する。また生きている。ですから、そこにひとつの一貫した「自分」というものの存在があることも、よくわかるわけです。
 屋嘉比さんのおっしゃるとおり、人の細胞の構成成分も一年もたてば、すべて変わるといわれるが、自分自身は一貫しています。
 ── 赤ん坊のときの自分と中年のいまの自分は、まぎれもなく同一人物です。(大笑い)
 池田 われわれ凡夫は、「有形」なものはわかるが、「無形」なものには無意識になりがちなものです。
 ですから、瞬間それ自体に実在する生命というものは、それなりの傾向性をそれぞれもったひとつのリズムとも、いえるかもしれない。
 それが、「有形」「無形」「有情」「非情」を問わず存在していくわけです。
 その見ることもできない、とらえることもできない、だが、実在する、その瞬間の「生命」のなかに、すべての時間も、空間も、くまなく蘊在されるものである。
 それを仏法では、「我」ともとらえております。
 屋嘉比 普通にいう「生きている間」という意味での「生命」と、仏法で説く「生命」の違いが、よくわかりました。
10  「常楽我浄」の人生へ
 池田 重ねて申しあげますが、その「一心」といおうか、「一念」といおうか、瞬間の生命といっても、瞬間、瞬間の連続である。その過去から現在、現在から未来へという瞬間、瞬間の流れは、とどまることはない。
 それはまた「誕生」から「生」へ、「生」から「死」へ、「死」から「無」へ、すなわち「空」へ、また「無」すなわち「空」から「有」へというように、森羅万象にわたって、それぞれの現象、姿というものを演じながら、流れていくわけである。
 つまり、生命というものは永遠に「生死」「生死」を繰りかえしゆくのが、本来の姿なのである、というわけです。
 この点について、戸田第二代会長は、仏法で説くこの三世の生命観というものを、法華経寿量品第十六のなかの「方便現涅槃」という経文を引きながら、よく話してくれました。
 屋嘉比 その寿量品とは、どういう経文なのでしょうか。
 池田 この寿量品によって、釈尊の一代五十年の説法が完結するといわれております。
 簡潔に申しあげますと、ひとつの意義は、「文上」「文底」という次元がありますが、仏の生命が無量、すなわち永遠であることを、初めて明かしております。
 さらに結論していえば、大聖人は、「所詮しょせん寿量品の肝心南無妙法蓮華経こそ十方三世の諸仏の母にて御坐し候へ」とおっしゃっておられる。
 つまりこの宇宙の有情、非情のありとあらゆる森羅三千を貫く「大法則」であり、十方三世の仏の成道の本源の「法」たる「南無妙法蓮華経」の一法が文底に秘沈されているところに、この寿量品の元意があるわけです。
 ── よくわかりました。
 池田 そこで恩師は、この難解なる寿量品の「方便現涅槃」を、卑近な例をとおし、わかりやすく展開しております。
 それは、「涅槃、つまりわれわれが死ぬということは、方便である。人間はだれでも年をとる。そしてこの世の中で生存する生命力がだんだん衰えてきて死ぬ。だが、この身体は死んでも、われわれ自身の生命それ自体は、大宇宙の生命に溶けこんで、『我』として存在し、また生死を繰りかえすのである。いわば、疲れを癒すために夜寝るようなものだ。朝、目がさめて起きれば、また同じ人間である。これが違う人間だったらたいへんなことになる」というような内容でした。(大笑い)
 屋嘉比 なるほど。明快です。(笑い)
 池田 また「もし、われわれが死なないとしたら、地球は老人ばかり増えて、たいへんに困ることが起きてしまう。死ぬところにいいところがある」ともハッキリ言っておられた。(笑い)──いや、明快です。よく思索してみれば、そのとおりです。これもひとつの「妙」なのでしょうか。
 池田 そう思います。「生」も「死」もすべて「妙」であり「妙法」であると、大聖人はおっしゃっておられるわけです。
 まあ、戸田先生は「本有の生死」という大聖人の仏法をふまえられながら、この「方便現涅槃」についておっしゃっていたのだと思います。
 また、仏法では、「三世」の生命を達観なされた仏にそなわった「常」「楽」「我」「浄」という「四徳」というものが説かれております。
 ── その四徳とは、どういうものでしょうか。
 池田 これも簡単に言いますと、「常徳」すなわち、仏の境地は永遠に不変である。「楽徳」すなわち、無上の安楽である。「我徳」すなわち、自身の「我」の生命が自由自在で、他からなんの束縛も受けることがない。
 そして「浄徳」つまり、煩悩の汚れなき清浄の完成という意義になると思います。
 屋嘉比 すると、仏法で説く「不老不死」とは、肉体的な永遠を説くわけではないわけですね。
 池田 おっしゃるとおりです。
 ですから、「不老不死」すなわち「生死」「生死」とめぐりゆく、自身の「生命」の実在を達観した、自在無碍にして、清く、強い、そして永遠にくずれざる自分の「一念」というか、「一心」というか、それを築きあげていくのが、私どもの信仰の目的なのです。
 ── すると、仏法は「現世利益主義」だ、なんていうのは、無認識もはなはだしいですね。
 池田 そのとおりです。
 われわれ人間は、煩悩のかたまりみたいなものだ。その苦悩と煩悶の自身の「我」を現実の人生、生活にあって、「常楽」へ「我浄」へ、より高き人生の目的に向かいゆく大いなる煩悩へと、転換せしめゆく絶対的法則が「妙法」である。
 ゆえに私どもは、妙法の「以信得入」「以信代慧」という法理、法則にのっとって、日々仏法を信じ、行じ、学び、そこから人生、社会の価値創造をしているわけです。
 この一人ひとりの人間の幸せと蘇生への運動は、偉大なる時代変革の、一切の基本となると思っております。

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