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日蓮大聖人・池田大作

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第216回10月度本部幹部会 広宣流布一筋に悠々と邁進

1977.10.25 「広布第二章の指針」第11巻

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6  大難に”師子王の心”もて
 最後に、有名な「聖人御難事」の一節を拝したい。
 「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり、故最明寺殿の日蓮をゆるししと此の殿の許ししは禍なかりけるを人のざんげん讒言と知りて許ししなり、今はいかに人申すとも聞きほどかずしては人のざんげんは用い給うべからず
 この御文に「今はいかに人申すとも、聞きほどかずしては人のざんげんは用い給うべからず」とありますように、讒言というものに惑わされてはならないのであります。大聖人の佐渡流罪も、議言に端を発していることは御文のとおりであります。
 同じように、仏法流布に邁進しゆく私どもの前途にも、それを阻もうとする動きは、すべて内外の讒言から起きているといってよい。讒言は内部破壊の根本原因であり、もっとも卑劣な、もっとも醜悪な人間の心のあらわれなのであります。
 しかし、この一節の、ことく、私たちは師子王の心を取りいだして「彼等は野干のほうるなり。日蓮が一門は師子の吼るなり」との大確信をもって、一切の非難、中傷を大きい心でつつみながら、悠々たる境涯で進んでいかなければならないと思うのであります。
 ともあれ私たちは、永遠に興隆しゆく前進のために、改善すべきことは潔く改善し、反省すべき点は反省し、また整備すべきことは整備しながら、二十一世紀に向かって広宣流布一筋に湛進しゆくことを誓いあっていきたいと思うのであります。
 皆さん方のご多幸を心よりお祈りして、私の話といたします。(大拍手)

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