Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

壮年部代表者集会 仏法中道主義の大道を

1975.8.20 「広布第二章の指針」第7巻

前後
5  「合意協定」について
 私が宮本氏と会ったのは、作家の松本清張氏からの再三にわたるすすめがあったからであります。
 今回の「合意協定」についで、いえば、まず話し合いをしょうということで野崎(総務)、上田(日本共産党常任幹部会委員)両氏のあいだで、対話が進められていく過程で生まれたのであります。
 この話し合いや「合意協定」についての学会しての見解は、すでに聖教新聞紙上に明らかにされているとおりである。
 もとより、この「合意協定」は、これによってなんらかの具体的行動が成立するというものではなく、人類的視野に立って両者が合意できる点を確認したものであります。したがってそこには、十年という長期にわたるタイム・テーブルを設定したし、相互の行動は、あくまでもそれぞれの立場で自由をもつものである。その意義から原則論的な合意点をまとめたものであります、
 したがって、共闘の問題についてうんぬんされているが、宮本氏もそんな低い次元や狭い了見からではないことを私は知っている。われわれは日本共産党と共闘する意思はない。またいわゆる国民統一戦線に加わることも考えておりません。(大拍手)
 共産党には共産党の目的と方法がありましょう。われわれには「立正安国」という使命がある。すなわち、仏法の信仰をもちながら、人間革命とそれにもとづく最高の文化社会の実現という仏法者の目的と方法がある。
 われわれはあくまでもわれわれの立場で平和、文化の建設に、また広宣流布に貢献できるよう、努力を重ねていきたい。
 ここに盛られた緊張緩和(デタント)の精神が、どれだけ深化され、徹底されてゆくかを、十年間にわたって試みていく考えであります。ともかく宗教と社会主義との共存ということは、まぎれもなく文明論的な課題である。双方、忍耐強く長い時間をかけて努力を続けていくべきものである、というのが、私のいつわらざる心境であります。
 すでに各所で私の所信を明らかにしたところでありますが、政教分離を前提としたうえでの創価学会と公明党の支援関係は、従来といささかも変わりません。(大拍手)党を支える代表として、党の関係者と会えば、永年の同志、友人として激励もしたいと思っております。
 また党が国民、社会のために真剣に努力していることは高く評価もしておりますし、今日の大発展を導いてきた現在の党の首脳ならびに党員各位に対しては、心から敬意も表します。
 また、党の方針については、党の民主的決定にしたがって思うぞんぶんやっていただきたい。とともに、短期間のあいだに、国民のあいだに広く定着した中道革新の信頼される国民政党として、さらに国民のために成長し、歴史の流れのなかであくまでも国民の願望する方向を志向しながら、さらに前進の活躍を祈るものであります。どうか、激動しゆく日本の将来をあやまたないよう、確固たる展望をいだきながら、進んで行っていただきたい。そのためにも、われわれはこれまで以上に応援もいたし、また、せねばならないと思っております。
 最後に「日興遺誠置文」の冒頭の一節を拝しておきたい。
 「夫れおもんみれば末法弘通の恵日は極悪謗法ほうぼうの闇を照し久遠寿量の妙風は伽耶始成の権門を吹き払う、於戲ああ仏法に値うことまれにして喩を曇華どんげの蕚に仮り類を浮木の穴に比せん、尚以て足らざる者か、ここに我等宿縁深厚なるに依つて幸に此の経に遇い奉ることを得」云云と。
 「末法弘通の恵日は極悪謗法の闇を照し」とは、末法弘通の太陽の仏法は、いかなる時代の暗闇があってもそれを照らし晴らしていくとの、絶対的の慈悲であります。「久遠寿量の妙風は伽耶始成の権門を吹き払う」とは、始成正覚の無常の生命観、浅い幸福観を根源的に打ち破り、確たる永遠の生命観、幸福観を教えていくものこそ、日蓮大聖人の妙法であるとの仰せであります。
 あとは説明するまでもないと思う。この遇いがたき仏法に遇うことができたのは、宿縁深厚のゆえであるということであります。
 どうか、日蓮大聖人の仏法における本因の代表であり、本門弘通の大導師であられる二祖日興上人の、心血を注いでしたためられたこの一文を、信仰の原点とし、生涯の指針としていっていただきたい。
 最後にわれわれは、御法主上人猊下を心よりお護り申し上げることを誓い、私の話といたします。(大拍手)

1
5