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日蓮大聖人・池田大作

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南秋田支部結成大会 学会精神

1960.11.23 「会長講演集」第1巻

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3  大御本尊様のことについては、大聖人様は『習いそこないの学者が知ることができない大仏法である』とおおせです。一念三千という大哲理、草木成仏という大原理のうえにたって、大御本尊様というお力というものは、信じきってみなければわからない。よく戸田先生は『三百年前にテレビやラジオがあったならば、だれも信じないであろう』とおおせになっておられましたが、八万法蔵の極理である、大聖人様出世の御本懐である、永遠の衆生を永遠に救いきると、大確信をもっておのこしくださった御本尊様のことを、そのへんの学者に、宗教学者たちに、わかるわけがありません。それほどの、絶対の御力のある御本尊様なのです。『一枚の紙ではないか』という人があるかもしれませんが、いなかの、おばあさんに、小切手を渡しても、その価値はわかりませんし、家の登記書だって一枚の紙なのです。本だって、ぜんぶ紙です。そこに印刷がなされておりまますが、お金だって紙です。ラブレターだって紙です。すべて一枚の紙であるけれども、人生に大きな影響を与えております。
 『日蓮がたましひすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ』と申された、大聖人様の、御本仏日蓮大聖人様の、御命が、そのまま大御本尊様に盛られており、うつされているのです。その御本尊様に題目をあげることによって、自分自身の仏の生命力が湧現してくるのです。その生命力を湧現しきって、この一生、だれよりも楽しく、幸福にみちみちて、生きていこうではありませんか。
 これだけを教えあい、また味わいあっていくのが、創価学会の和合僧の姿なのです。あとはぜんぶ枝葉です。どうかひとつ、一生涯、御本尊様を放さないで、自分ほどしあわせはないと――やりもしないで功徳がないといってはいけませんよ――きちんと正しい指導をうけ、正しい信仰により、そうして功徳をどんどん湧き出していく。自分勝手な我見をもってはならない場合もあります。おんしつをしてもならない。正しい指導をうけ、正しく実践し、正しく信仰するならば、ぜんぶ仏になることは決まっているのです。それを重ねて申し上げまして、きょうの話といたします。おめでとうございました。

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