Nichiren・Ikeda
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日蓮大聖人・池田大作
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4 生涯青春の生き方
「健康と人生」ルネ・シマー/ギー・ブルジョ(池田大作全集第107巻)
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自己の限界を内面から打ち破る
ブルジョ
ありがとうございます。もう一つ、私の個人的実感を話してもよいでしょうか。
池田
どうぞ、どうぞ。貴重な人生の先達の体験です。
ブルジョ
どんな人であろうと、一生かかっても世界の国々を全部見て回ることはできないと諦めざるをえません。ましてや、宇宙には無数の銀河があり、それらの星に行くなど、とうてい不可能です。
池田
私も、世界の多くの国々を回りましたが、それでも、すべての国というわけにはいきません。
ブルジョ
豊かな人間文化を誇る歴史的な都市などにも、未訪問のまま別れを告げることになるでしょう。また、同じ時代、同じ場所で、社会的、文化的遺産を共有し生活していながらも、すべての人々と語りあうことは不可能です。
池田
ギリシャやエジプト、ヨーロッパの古い都市、また、インド、中国などの歴史を重ねた都市を訪問することは、私たちの「心」を、人類的次元にまで拡大してくれますね。
ブルジョ
世界中のいろいろな国を訪ねて歩くというのは、私の好奇心のシンボル的な意味があります。それぞれの国の学問、科学、文学、芸術を探求してみたかったのです。しかし、すべての国を訪れ、すべての人々と語りあうことは不可能である。それを知ったとき、私は深い悲しみをおぼえました。ところが、私は、五十歳の時に、そんな深い悲しみにくれる自分自身から解放されたのです。
池田
いかなる境涯の変化が起きたのですか。
ブルジョ
それは、人々があてどもなく、その街並み、散歩道、公園などを散策するパリの街への三十回目の訪問の後、突如として心に浮かんだのです。
つねに今まで自分に重くのしかかってきていた限界の問題を、内面から打ち破らなければならないことに気づいたのです。そして、自分が知ることを許された世界を身体的にも、感覚的にも、十全に生きぬくべきであることに気づいたのです。
それまで、猪突猛進してきた自分の人生、つまり、レースに負けまいとして苦しい時代のなかで走り続けた後、ゆっくりとしたリズムを取り戻し、深呼吸をして回復した自分ということもできるでしょう。
池田
博士は、「自己自身を知る」という偉大な洞察を体現されたように思います。
仏法の目的も、「自己を知る」ことに集約されます。釈尊は、「自己」という本来の自分を覚知するために、王位を捨て、快楽主義を打破し、また、苦行主義をも乗り越えていきました。
そして、“中道”の生命のリズムを味わいつつ、「仏」という宇宙大の「自己」を覚知したのです。「宇宙即我」の覚知から、釈尊の民衆救済への一生が始まっております。
ブルジョ
人の一生の短さを悟っただけに、愛と友情、人々との出会いが、それまでに感じたことがなかったほど重要に思えてきました。そして、教師という自分の職業が何ものにも代えがたい、貴重なも
のに感じられたのです。
池田
釈尊も「人類の教師」と言われております。
仏法の慈悲とは、「抜苦与楽」と言い、四苦と同苦し、それを超克し、幸福境涯に到達する実践をさしております。慈悲の原義には、真実の「友情」という意味が含まれています。
慈悲、友情、そして、「出会い」こそ、「若さ」の証であり、「生涯青春」の勲章と言えましょう。博士の「若さ」の源泉が、わかったような気がします。
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