Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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正義の東海道を讃う(中) 弟子よ綴れ

2007.7.18 随筆 人間世紀の光4(池田大作全集第138巻)

前後
5   迫害と
    黒き弾圧
      はね返し
    正義の英雄
      なんと晴れやか
 会長を辞任後、真っ先に向かったのも、東海道である。静岡であり、そして神奈川である。
 ことに、新しく誕生した神奈川文化会館を本陣として、どす黒い野心と陰謀の魔物どもの毒牙から、私の全生命である学会員を護り抜くためであった。そして、世界に開かれた横浜の港から、一閻浮提の広宣流布への新航路を、創り結びゆくためであった。
 ロシアの大文豪トルストイは言った。
 「我々には世界の人々との交流という人生最大の喜びが与えられている」(『人生の道』北御門二郎訳、武蔵野書房)と。
 一九七七年(昭和五十四年)の五月五日。
 輝く大海原が見える神奈川文化会館で、私は「正義」と、一気阿成に筆を走らせた。
 そして「われ一人正義の旗持つ也」と記したのである。
 「正」の文字は「一」を「止める」と書く。
 「義」の文字は「我」を「美しく」と解く。
 「正義」の師弟──この一筋の大道ほど、人間として心定まり、心美しき道はない。
 御聖訓には「智慧に於ても正智あり邪智あり智慧ありとも其の邪義には随ふべからず」と仰せである。
 そして「邪悪の師を遠離し正善の師に親近すべきなり」と厳命なされている。
 正邪の峻別を忘れた時、日蓮仏法の魂の灯は消える。
 この大仏法の眼目を忘れ果て、魔王の術中にからめとられた幹部たちの、何という愚劣さよ。
 だが、三代の心を深く知る、わが神奈川の友は、微動だにしなかった。
 心に寸毫の隙間もなく、信じ合える瞳が光っていた。まことに不思議であった。頼もしい限りであった。
 私が指揮を執る神奈川文化会館を目指して、毎日また毎日、自発のうちに集ってこられた幾千、幾万の友よ!
 山下公園から、会館にいる私に向かって、懸命に手を振られた母と子の姿よ!
 私は、ここ神奈川から、今再びの学会厳護と広宣流布の法戦を開始したのである。
 妻もまた、東海道の友との忘れ得ぬ歴史を刻んできた。
 一九七九年(昭和五十四年)の五月二十七日には、横浜・神奈川区内の婦人部の集いにも出席した。
 緑深き東海道の全同志に、ご健康、ご多幸あれと、いつも変わらず、題目を送り続ける妻であった。
 「此の経を持つ女人は一切の女人に・すぎたるのみならず一切の男子に・こえたりとみえて候
 この甚深の御聖訓は、東海道の婦人部の大先輩というべき、日眼女(四条金吾夫人)への仰せであられた。

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