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日蓮大聖人・池田大作

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布石  

小説「人間革命」5-6巻 (池田大作全集第146巻)

前後
10  このころ、御書発刊の作業は、五校から校了へと進み、印刷・製本の仕事が、これから始まるところであった。もう一日も、ゆるがせにできないところにきている。
 ″あと、もう一息だ″
 戸田は、目がくぼみ、憔悴してきた校正係を励ましながら、最後の指揮を執ったのである。
 表紙に使用する羊皮が、なかなか、そろわなかった。引き受けたK商事は、四方八方に手を尽くしたが、大量の羊皮がそろわない。期日は迫ってくる。一時は絶望と見えたが、この難関も危いところで切り抜け、間に合うにいたったのである。
 戸田は、K商事の、この時の労を謝し、後に、御書の奥付に「表紙羊皮 K商事株式会社」の名を特に加えさせた。
 四月十六日夜――こうして御書の編纂は、一切の校正作業を終え、最後の下版をもって完了。四台の大型印刷機が、轟音をあげて動きだしたのである。
 それを耳にした教学部員は、瞬時に、長い間の辛労を忘れた。そして、戸田を囲んで、どの顔も満足そうにそうに笑っていた。
 彼は、深い感慨にふけりつつ、一同をいたわった。「ご苦労でした。これで立派に七百年祭を迎えることができる。大御本尊様の御前に、御書を、お供えすることができる。私は嬉しいのです。
 容易ならぬ事業であったが、しかし、私たちの力を過信してはならない。帰するところは、御本尊様の御力です。また七百年という時の力であります。それに、創価学会の私たちが、お手伝いできた。これ以上の名誉はないだろう。
 畑毛の猊下が、老齢にもかかわらず、至極、お元気であったことが、実にありがたかった。さまざまな条件が、一つ欠けてもできない、難事業だった。諸君も、私の意のあるところを察して、よく頑張ってくれた。厚く礼を申します。
 聞くところによると、身延の方は、二、三冊に分割して出すとのことで、しかも、いまだに、できていない。完全に、われわれの勝利です。七百年祭に間に合ったことは、不思議です。
 それよりも、今になって不思議に思うことは、私が二十有余年、出版事業の経験を積んできたことだ。この過去の長い経験が、この御書一冊を作るためにあったのかと思い当たり、痛感するんです。私の生きてきた道を、実に不思議に思うばかりです」
 四月二十四日、遂に御書が出来上がった。
 ――B六判、インディアペーパー使用、約千七百ぺージ、黒革の表紙、ケース入りの美本である。総経費九百万円。
 分厚く、持ち応えのある御書を手にして、会員たちは、この御書を持つことを誇りに思った。日蓮大聖人の教えは、この一冊に、過つことなく、すべて込められているのだ。これを七百年過ぎた今、遂に手に入れることができたからである。
 戸田は、これで一切の布石は、ひとまず完了することができたと感じた。
 まず、教学における御書の発刊、ならびに『折伏教典』の刊行。次に、各部組織の充実、なかんずく青年部の確立。そして、全国的な広宣流布への布石として、その第一弾となる仙台支部、八女支部の育成と、大阪支部の誕生……。
 彼は、短日月に、あらゆる必要な一石一石を、的確に、パチリ、パチリと打ってきたのである。しかも、それを過たず打つことができた。そして、それらの布石は、七百年祭の直前に、見事、完了することができたのである。
 立宗七百年を境として、以後の鮮やかな大飛躍に備えての布石は、いよいよ、その力を現してくるであろう。彼は、深い疲労も覚えたが、それよりも、これから始まる未来の展望の壮大さに、身の緊張を覚えたにちがいない。
 果たして、七百年祭のその日から、新しい事件が惹起し、局面は思いがけぬ展開を迎えることとなった。
 (第五巻終了)

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