Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

「仏法即社会」の先駆 神奈川に翻れ 正義の旗

2003.10.30 随筆 新・人間革命6 (池田大作全集第134巻)

前後
4  私には、忘れられない一点の名画がある。
 十年前、神奈川の友が届けてくださった版画だ。英雄ナポレオンの名が天下に轟いた、「ツーロン港の攻略」の場面を描いた作品である。(以下、長塚隆二『ナポレオン』上、〈読売新聞社〉、メレジコーフスキイ『ナポレオン』〈米川正夫訳、東晃社〉などを引用・参照)
 ――一七九三年、地中海に臨むフランスの軍港ツーロンが、反革命軍とイギリス艦隊に占領された。革命軍はこの港を奪還するため、二十四歳のナポレオン大尉に砲兵隊長を命じた。
 ナポレオンは、砲台の一つに、こう名前をつけた。
 「恐れを知らぬ勇士の砲台」――それは彼の決意であり、心意気であった。
 兵士たちも、この名に恥じない行動をしようと心に誓い合った。しかし、「恐れを知らぬ勇士の砲台」の名に最もふさわしかったのは、ナポレオン自身であった。
 彼の仕事量は、兵士たちを驚嘆させた。たった今、ここに姿を現したかと思うと、たちまち別の場所で奮闘する。将軍のように命令し、一兵卒のように働いた。
 この青年ナポレオンの勇気は、全軍に伝染した。兵士たちは、一段と勇気と信念を増幅させながら、彼に続いた。
 肩と足を負傷したある兵士は塹壕に落ちたが、すぐに起き上がり、再び砲弾に身を晒しながら、自軍に向かって、高らかに叫んだ。
 ――断じて勝つのだ! おお兄弟よ! 勇敢にやれ、勇敢にやれ! 俺たちは「恐れを知らぬ勇士の砲台」に共にいた者じゃないか!
 この勇敢な一人の決起が、万人の決起を創り上げた。
 勇気こそ万事の決定打である。あきらめや弱気を打ち破るのも勇気だ。限界に挑むのも勇気である。
 御書には、「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ」と仰せである。
 「師子王の心」が学会魂である。その勇気は「取り出す」ものだ。勇気のない人はいない。出していないだけなのである。
 彼、ナポレオンは言った。
 「誰でも元気よく、敏活に行動せよ。決して『しかし』『あるいは』『もし』『何となれば』というような曖昧な言葉のために煩わされるな」(長瀬鳳輔『ナポレオン・ボナパルト』実業之日本社)
 敗者は、座して困難や不可能の理由を、際限なく並べ立てる。勝者は、恐れなく勇敢に行動する。そこに、勝敗の決め手があるのだ。
5  神奈川は、わが故郷・大田と川一本隔てた隣であり、切っても切れない宿縁の天地である。
 さらに五十年前、私が支部長代理となった文京支部には、相模原や横浜の保土ケ谷方面にも同志がおられた。それまで以上に、青春時代の炎を燃やし、この神奈川を走ったことは懐かしい。
 戦えば戦うほど、戦野は広がり、励ますべき同志の人間関係も広がった。
 同志が悩み、苦しんでいたら、どこへでも飛んで行った。そして、そこで友を励まし、支部を応援し、勝利への確実な道を開いてきたのだ。
 悔いなき使命に生き、使命に戦う青春ほど有り難いものはないはずだ。
 そこにこそ、後悔なき人生の充実と勝利の土台が創造されていくからだ。
 私は、師を胸に抱きながら、常に戦い抜いた。走り抜いた。勝ち抜いた。この充実の青春には、永遠に悔いはない。
 わが愛する横浜の同志よ、尊敬する神奈川の同志よ! わが英雄たる大首都圏の同志たちよ! 
 今こそ「正義」の心と心の団結で、人間主義の勝利の旗を、わが神奈川城に高々と打ち立てよ。広宣流布の新しき航路を断じて開くのだ! 
 崇高な"人間の使命"を説き続けた十九世紀イタリアの大革命家マッツィーニの言葉を、私は贈りたい。
 「革命は民衆のために、民衆によって遂行されなければならない」(『ボルトン・マッツィーニの生涯』力富阡蔵訳、黎明書房)
 我らの勝利の暁に、君よ、あなたよ、最高無上の幸福の万歳を叫ぶのだ!

1
4