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日蓮大聖人・池田大作

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沖縄の長寿社会(下)  

「第三の人生を語る」(池田大作全集第61巻)

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3  ヨコ社会に温かい人間関係
 池田 沖縄の心を象徴する言葉に「ヌチドゥタカラい(命こそ宝)」がありますが、御書には「いのちと申す物は一切の財の中に第一の財なり」とある。相通ずる生命尊厳の思想です。
 また沖縄にはかわいそうという相手を下に見た同情の表現はなく、苦しみを分かちあう「チムグリサ(胸が痛い)」という言葉を使う。言うまでもなく学会の「同苦」の精神です。「イチャリバ・チョーデー」という言葉は知っていますか。
 佐々木 「出会う人は皆、兄弟」という意味ですね。
 池田 そう。これも「ヨコ社会」の人間関係から生まれた知恵でしょう。
 仏法では、「皆が恩ある衆生だから、皆の成仏を祈っていきなさい」(御書一五二七ページ、趣意)と教える。
 人間が大切にされている。人間関係が大切にされている。そこに長寿社会の急所があるね。
 沖縄には、長寿者を親戚はじめ地域ぐるみで祝う習慣があり、とくに、数え九十七歳の祝いは「カジマヤー(風車)」といって、風車を持ってオープンカーで町中をパレードします。沿道の人もまた風車を掲げて祝福します。
 名前の由来は、この年になると、童心に返って風車で遊ぶからだという説が一般的です。いずれにせよ、多くの人からの祝福が、高齢者の生きがいにも、目標にもなっている……。
 佐々木 沖縄の三盛洲洋副会長が言ってましたが、今、那覇市など都市化が進んだ地域は、こうした、良き伝統が壊れ始めているそうですそれゆえ、心ある識者は、創価学会の座談会など、地域にネットワークを広げる運動に大きな期待を寄せてくださっている、と。
 池田 草創期には、沖縄の「ヨコ社会」の強靭さがかえって障害となり、一族のなかで信心するのはむずかしい現実もありました。
 しかし、学会がめざすものは何か――それを粘り強く語り、生活でも実証を示しきっていったときに、着実に理解の輪は広がったのです。
 いわば″臨界点″ともいえるだろうか。ある段階を超えると、仏法への理解がグンと広がり、深まっていく。その土壌が沖縄にはある。
 松岡 三盛副会長のお母さんは、九十一歳でかくしゃくとされています。竹富島のど出身で、親族で最初に信心されました。
 「初めは誤解もありましたが、そのなかで、母がきちんと人間革命の姿を示したとき、結束が強いだけに一気に広がった」と言われていました。今では、全員が信心に励んでおられます。
4  生命の質を高めよう
 池田 大切なのは、生きているうちに、どれだけ「生命の質」を高めることができるかです。長く生きることだけが、長寿ではない。たとえ短命に終わっても、充実した生をまっとうできれば、その人は、手応えのある人生を生きた分、長寿といえるでしよう。
 先日も、アメリカ・デンバー大学のナンダ副学長と語りあいました(一九九七年九月)。ナンダ副学長は、国際法の世界的な学者で、親友です。
 みずから病魔と闘いながら、私の健康を案じて、「百歳以上、生きられることを、深く深く祈っております」とおっしゃってくださった。そして、インドの言葉である「千年、生きなければいけない。毎年が一万日あるような千年を、生きなければいけない」を贈ってくださった。
 大切なのは、きょう一日を、広布の前進とともに悔いなく生ききることです。いくつになっても、生きる目標を胸中に燦然と輝かせていくことです。その日々の積み重ねしかないのです。

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