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日蓮大聖人・池田大作

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第十三章 ミクロとマクロ・「生命」の不…  

「生命と仏法を語る」(池田大作全集第11)

前後
1  初めての精密検査
 ―― 今回は十日間の入院精密検査、本当にご苦労さまでした。
 屋嘉比 ドクターからは、長年の疲労の蓄積なので、まだ十分に静養されたほうがよい、という話とうかがっています。
 私もドクターの一人として、この際、ぜひお願いします。(爆笑)
 池田 ご心配をかけました。多くの方からも、励ましやご心配をいただき、またご親切なお言葉を頂戴し、感謝しております。おかげさまで大したこともなく、十日間で自宅養生を命じられました。(笑い)
 ―― 初めての入院だそうですが。
 池田 そうです。
 ―― 東京女子医大でしたね。
 池田 そうです。私は、初めて精密検査を受けましたが、心臓血圧研究所の先生方には、たいへんにお世話になり感謝しています。みな素晴らしいお医者さんであることを感じました。
 また病院も、病院でないような感覚を出した、なかなかのシステムで、感銘しました。
 ―― 屋嘉比さん、女子医大は、心臓等の循環器などですぐれていると聞きましたが。
 屋嘉比 とくに二十四時間中、心臓病の患者に、なにがおきても対応できるCCUなどの施設と、医師と看護婦の体制ができているようです。私も、なかなか進んでいる部分を感じます。
 池田 私も、じつはご存じのように、大きな会合がずっと重なり、(一九八五年)十月下旬から、ちょっと疲れがたまっていたのでしょう。また、カゼ気味だったのですかね。一切の行事を終え、岡山で胸に圧迫感を感じたんです。
 それが二、三日つづいたもので、私が信頼しているお医者さんから、女子医大がいいから、きちんといっぺん診てもらったほうがよいと、厳しく言われたのです。
 それで十月の三十一日の午後、ちょっと不快感がぬけなくて入院いたしました。
 ―― ああ、そうでしたか。
 池田 結論としては、多少、成人病の傾向はあるが、根本的には大したことはないということで、また、ご奉公したいと思っております。
 屋嘉比 本当によかったですね。
 私も対談でお会いするたびに、お疲れではないか、と心配しておりました。
 ―― 私は約三十年間、先生のお姿を拝見しております。なにしろ一日の休みもないし、常にいろいろな圧迫がある。
 本当に激務の連続でしたから、初めはわれわれ編集部も、ショックでした。しかし、お元気な姿で、こんなにうれしいことはありません。
 屋嘉比 なにか入院の感想はございますか。(笑い)
 池田 私が入院したのは、心臓血圧研究所の二階です。
 入院すると、すぐ若手の三十代のお医者さん数人と看護婦さんが入ってきて、そのすばやい治療のチームワークには驚きました。真夜中も、廊下を駆け足で働いていたということを聞き、その訓練の行き届いた姿は、私の想像以上のものでした。
 ―― 女子医大は、なんといっても心臓外科の故榊原仟博士が有名ですね。
 池田 そのようです。屋嘉比さん、女子医大はいつごろの創立ですか。
 屋嘉比 今年が創立八十五周年といいますから、明治三十三年ではないでしょうか。当時は東京女医学校と呼んでいたようです。
 池田 いまでこそ、日本一ともいわれるが、初めはたいへんだったとうかがいましたが。
 屋嘉比 おっしゃるとおり、昔は地域の人々から“河田町診療所”とよばれるくらいの規模だったようです。しかし、昭和二十年代、榊原博士が外科教授に就任したあたりから、本格的な設備を備えていくようになりました。
 学閥よりも実力主義であり、人材育成に力を入れてきたことはよく知られています。
 池田 そのへんは私学の強みですね。
 たしかにそういう学風というか雰囲気を、私も感じとることができましたね。
 ―― 榊原博士には、もう十四、五年前になりますか、『潮』に寄稿していただいたことがあります。
 池田 そういえば、岡山での行事を終えた晩、久方ぶりに数人で月下の岡山城を散歩したんですよ。あんなにゆっくり歩けたのは数年ぶりでした。
 そのお城の入口にも榊原病院がありました。
 屋嘉比 それは榊原博士の関係の方がやっている病院です。なにか縁があったのでしょうかね。(笑い)
 池田 看護婦さんもたいへんに洗練され、たいしたもんだと強く感じましたね。
 私のフロアは、たまたま二十四時間体制だったもので、夜中も血圧の検査とか、見回りとか、たいへんな看護でした。
 患者にとっては、天使のようなあの慈愛の行動が、忘れることができない思いでしたね。
 屋嘉比 たしかに患者さんは、医師よりも看護婦さんに親しみを感ずるものなんでしょうね。(笑い)
 池田 医師も看護婦さんも、生命を守るという真剣な姿は、神々しくも感じました。
 いわゆる利害をこえた重労働に、頭が下がる思いでした。
 むしろ看護婦さんこそ、身体を大事にしてもらいたいという、強い思いがしたくらいです。
2  健康の基本は食事と運動
 池田 そこで、私の短い入院体験でしたが(笑い)、今回少々、屋嘉比さんにうかがいたいと思ったことがあるんです。
 大学病院の場合、本当に若いお医者さんが多く、活気がある。これは、どの大学も同じ傾向ですか。
 屋嘉比 病棟の第一線は、二十代後半から三十代です。
 救急の患者が多い大病院は、一週間ぐらい、徹夜、徹夜がつづく場合もあります。体力的にも若くないとつづきませんね。
 池田 すると夜勤明けは……。
 屋嘉比 そのまま働きます。
 池田 それは昔のわれわれと同じだ(笑い)。よく戸田第二代会長は、若い人に、「仕事はなんでも十年頑張りなさい。十年やり通せばなんでもできる」と言われていた。若い医学の最前線の人たちを見ても、今回は本当にそう思いましたね。
 ―― 自分も若い若いと思ってきたが、もう四十代半ばになって、無理がきかなくなった。本当にこれからの人はうらやましい。(笑い)
 池田 検査をする場合、前日の夜八時以降は、どうして食事してはいけないのですか。
 屋嘉比 それは、深夜食事をとると、早朝の血糖値、中性脂肪の値が変わり、正確な検査ができないからです。
 また胃の検査の場合は、食べ物が残っていると、腫瘍と間違えられることもあります。
 池田 頭ではわかっても、辛いのが日常の食事制限です(笑い)。戦前に育った私たちは、「たくさん食べろ、食べた分だけ頭がよくなる」と、よく言われてきたんですがね。(笑い)
 夜は病院の前の通りを、石焼きイモ屋さんの屋台がよく通るんです(爆笑)。そっと買ってきてもらって、食べた焼きイモはおいしかったなあー。(爆笑)
 屋嘉比 食べ過ぎは、中年になったらいちばんいけません。カロリーを摂り過ぎると、肥満や動脈硬化のもととなり、いろいろと循環器の障害をおこしやすくなります。とくに夜食というのは、注意しなくてはいけませんね。
 池田 反省します。(爆笑)
 すると、あとはどういうことに気をつけることが大事ですか。
 屋嘉比 その人によって個人差があると思いますが、基本は食事の問題と、運動をしっかりやることです。
 池田 私は、よく自宅の近くの外苑の森を車で通ります。若い人たちに交じって、中年の人がジョギングをしている姿を見かけ、うらやましく思うのですが。(笑い)
 屋嘉比 これも一概には言えませんが、中年になった場合、散歩などのゆったりした運動を増やせばよいと思います。
 急激な運動は、身体の中の糖分は消費しますが、動脈硬化の原因となる脂肪分は消費しません。むしろ、ゆったりとした運動を持続することが、脂肪を消費します。
 池田 わかりました。それでは年をとると、血圧はなぜ上がるのですか。
 屋嘉比 血圧が上がるのは、主に二つの理由があります。
 一つは、塩分の摂り過ぎなどで、ナトリウムや水分が蓄えられ体液が増加するため。
 もう一つは、血管の抵抗性が高まるためで、主に腎や副腎からのホルモンや、自律神経の影響などによります。
 池田 塩分の話はよく聞きますが、ホルモンや自律神経の影響というのは……。
 屋嘉比 血圧のコントロールについても、脳が重要な働きをしております。
 疲労やストレスなどで神経が過敏になると、脳からの影響で交感神経や内分泌系が刺激され、血管を収縮し、血圧が上がります。
 池田 いろいろ原因があるんですね。
 屋嘉比 近年、アメリカ社会の大問題であった心臓疾患による死亡が減少しております。これは、肉食などの動物性の食事を避け、スポーツの機会を増やすことを、社会全体が努力してきたからといわれております。
 池田 すると、まえにもうかがったことがあるが、食べ物は何がよいですか。
 屋嘉比 やはり肉食や甘い物を少なくし、野菜を多めにとることです。またイワシ、サンマ、サケ、マグロ、サバ、ハタハタなどの魚がよいようです。
 魚は油の成分が肉とは異なり、身体によいからです。
 池田 よくわかりました。ところで屋嘉比さんも、若干太り気味ではありませんか(笑い)。私も運動不足で肥満型になってしまいましたが。(笑い)
 屋嘉比 そうなんです。私は沖縄なもんで、肉が好きで、このまえアメリカへ行ってから、ステーキを食べ過ぎて胃の調子がどうもおかしいのです(笑い)。いつも女房に、「あなたは対談で言っていることとやることが違う」と言われるんです。(爆笑)
 池田 私も同じだ。(爆笑)
3  遺伝を決定するDNAの正体
 ―― さきほど、池田先生が若手医師のチームワークを誉められていましたね。
 このまえ、初の日本人宇宙飛行士が三人決定し、先生も関心をもたれていたので言わせていただきますが(笑い)、この選考基準も、チームワークが重視されておりますね。
 池田 屋嘉比さん、宇宙飛行士には、医学的にはどんな条件が必要なんですか。
 屋嘉比 私も専門家ではないのでよく知りませんが、簡単な資料によると――
 血圧は上は一四〇以下と下が九〇以下
 視力は〇・二以上
 虫歯のない人(笑い)
 便秘でない人
 汗かきでない人
 めまいを経験したことがない人
 等々、相当厳しいですね。
 私は失格です。(笑い)
 池田 アメリカですから、英語も堪能でなければなりませんね。
 屋嘉比 そうです。それとチームワークは、孤独な宇宙船の中での共同作業ですから不可欠です。ですから、人格的にどうか、協調性があるかどうかも、心理テストなどで厳格に調べるようです。
 ―― スカイラブのカー船長たちが、名誉会長を表敬訪問した際、私も同席させていただきましたが、たしかにみな優秀な科学者であり、かつ紳士で、いい人たちばかりでしたね。
 これは不思議と一致しておりますね。
 池田 いや、これはどこの世界も同じです。御文にも「賢きを人」とある。
 ですから、賢明であり、立派な人格になっていくことが、真実の信仰者の証であり、また条件である、と私は思っております。
 ―― よくわかります。
 池田 私も入院中、そばにいた人たちが、心臓や血管の話をいろいろ調べてきては聞かされた(笑い)。そこで、よく入院した患者さんは、両親が同じ病気だったかどうか調べると聞きましたが、屋嘉比さん、本当ですか。
 屋嘉比 そのとおりです。遺伝性が強い病気が多いからです。
 池田 そこで、顔が親に似るとか、肥満型とか(笑い)、われわれの体の遺伝を決定していくのが、いわゆる「DNA」(デオキシリボ核酸)である。
 余談になりますが、一人の人間のなかの、すべての「DNA」をつなぎ合わせると、これまたたいへんな長さになると読んだことがありますが、どれくらいになるんですか。
 屋嘉比 「DNA」は、二重らせん状の微細な繊維構造です。一個の細胞の中の「DNA」のらせんの直径は、わずか五百万分の一センチです。ところが長さは、約一・八メートルもあるんです。
 池田 すると人間全体では、どのくらい……。
 屋嘉比 人体の全細胞が約六十兆個ですから、ほぼ一千億キロ以上と思います。
 この数字は、ちょっと感覚的には想像できませんが、たとえていえば、太陽と地球の距離が一・五億キロですから、そのほぼ七百倍にもなるんでしょうか。
 ―― これはこれは……。われわれの身の丈五尺三寸の身体というのは、本当に不思議なものですね。(笑い)
 屋嘉比 しかも、この人体のDNA分子の記号に含まれる情報量は約五十億。百科事典のおよそ千巻分に相当するという説もあります。
 池田 すると仏法では、わが身を「宇宙即我」「我即宇宙」という生命観からとらえますが……。
 ここでも心だけでなく、肉体的にみても、人間は宇宙大の広がりをもつと考えてもよいですか。
 屋嘉比 そう思います。
 池田 さきほど、宇宙飛行士のお話が出たので、ついでに申しあげますと(笑い)、地球や月ができたのは、約四十六億年前という、われわれの想像を絶するはるか昔である。
 この地球や月の年齢も、「元素」というミクロ(極小)の世界から解明されたものではないですかね。
 ―― そのとおりです。なぜ、そんな遠い過去のことまでわかるかというと、現在あるウランなどの放射性元素を調べて計算すると、大まかな数字が出てくるそうです。
 屋嘉比 宇宙それ自体の解明も、じつはミクロの素粒子論と大きく関係しているようです。
 しかし、このへんはまだまだの分野で、これからの研究の進展が期待されるところですね。
 ―― ミクロの世界のなかに、マクロ(極大)の宇宙の謎が隠されているともいえるのでしょうね。本当におもしろいものです。
 池田 遺伝子工学の成果が、医学の分野で一般的に使われているものはあるんですか。
 屋嘉比 かなりあります。薬では――
 リューマチなどの炎症の治療に用いられる副腎皮質刺激ホルモン、糖尿病治療のインシュリン、小人症治療の成長ホルモン、血友病治療の血液凝固因子
 ――などが実用化されています。
 池田 だいたいわかりますが、まだ、研究中のものは……。
 屋嘉比 ガン、動脈硬化、肝炎、貧血症などの薬品が、盛んに開発されています。
 このバイオテクノロジー(生命工学)による開発のひとつの特徴は、薬品がたいへんに安く手にはいるようになることです。
 ひとつの例として、白血病のL―アスパラギナーゼという薬品は、バイオによる増産化によって、治療の一過程あたりの単価が、一万五千ドルから三百ドルになった(「米国議会OTA資料」)ということです。
 ―― まったくもって人間というのは、次から次へと新しいものを発見し、つくりだしていくものですね。(笑い)
 池田 素晴らしいことです。
 人間の英知は偉大だ。私はいつも思うのです。  この人類の英知を、もっともっと「平和」のために、  「生命」と「健康」のために結集できないものかと……。
 屋嘉比 まったく同感です。先日、「核戦争防止国際医師の会」がノーベル平和賞を受賞し、世界中から注目されました。こうした動きがあることは、一医師としてもたいへんに喜ばしいことです。
 池田 たいへんにうれしいことです。結構なことです。だいたい「核戦争防止国際医師の会」というのは、一般的には知られていなかったのではないですか。(笑い)
 ―― このグループは、米ソを含む、世界四十一カ国、約十四万五千人から構成されているそうですね。私もジャーナリストとして、今後の動きを注目していきたいと思っています。
 ところで南米のアルゼンチンでは、上院で「平和週間設定法」が可決されました。この法案には、池田先生の「平和提言」が引用されていることを聞き、ここにそのコピーを持ってきました。
 屋嘉比 アルゼンチンですか。ちょうど、地球の反対側の国ですね。(笑い)
 池田 私は知らなかったのですが、たしかにその通知は受けました。
 屋嘉比 いや、本当に見てる人は見てますね。
4  二十一世紀は余暇の時代
 ―― ところで、遺伝子のような不可思議な生命の実体に、一歩迫っていったバイオテクノロジーの話題は、医学のみならず多方面に広がっていますが。
 池田 そうですね。私も仏法者の一人として、たいへんに興味あるところです。
 屋嘉比さん、バイオテクノロジーは二十一世紀の科学のひとつの焦点といえるでしょうね。
 これはいま、どのくらい進んでおりますか。
 屋嘉比 意識するとしないにかかわらず、じつは、私どもの日常生活に、かなり入りこんでいます。
 池田 たとえば……。
 屋嘉比 私たちが毎日食べる、お米や野菜などの食べ物からはじまって、「健康」「エネルギー」などの分野にも、広くバイオテクノロジーの産物が進出しています。
 池田 一回接種すると数種類の病気を予防できるワクチンもあると、聞きましたが。
 私なんかすぐ熱が出てしまうので、注射やワクチンが本当にきらいだった。これからの子供たちは助かりますね。
 屋嘉比 それは多価ワクチンですね。
 池田 どこの国の研究ですか。
 屋嘉比 アメリカのB・モス博士などです。
 池田 やはりこの分野も、アメリカは最先端なんでしょうね。ほかにもありますか。
 屋嘉比 薬草なんかも、細胞を人工的に増やす実験も行われています。
 ―― “虫歯にならない”チョコレートやガムもできるのですか。(笑い)
 屋嘉比 ええ、ある種類のカビは、虫歯防止の物質をつくります。これをお菓子に添加しようという研究もあります。
 ―― 最近は、バイオにとどまらず、科学技術の進歩はめざましい。今後、私どもの生活にどんな形となって変化をおよぼすか、ジャーナリズムでも大きなテーマです。
 池田 そのひとつの例として、二十一世紀には、日本人の余暇の時間は、労働時間よりもはるかに長くなる、という研究もあるらしいですからね。
 ―― そうです。「働きバチ」と外国から非難される日本でさえ、「新世紀は余暇の時代」といわれております。(笑い)
 屋嘉比 最近、そんな話をよく聞きますが、なにか具体的なデータはあるのですか。
 ―― 内閣総理府統計局の資料に基づき、余暇開発センターというところが出した推計があります。それによれば、西暦二〇〇〇年には、日本人の年間の平均労働時間は、現在の二千百時間から千五百時間まで短縮され、反対に余暇の時間はその約二倍の二千八百時間にもなるだろうといっております。
 池田 それは私も聞いたことがあります。すると、休日は何日ぐらいになりますか。
 ―― 完全週休三日、一カ月の長期休暇が平均的になるというのです。
 屋嘉比 思索と休養時間の少ない私どもには朗報ですが(笑い)、しかし休みというと、横になってテレビを見たり、受動的な休息に慣れている現代人は、あまり休みが増えるというのも、苦痛になるかもしれませんね。(笑い)
 ―― ええ、その論文も、結論として、“大型余暇を人生の充足として享受するためには、一人ひとりが、人生の目的をどこに求めるか、労働は何のためなのかといった、哲学的な命題を問いかけることからスタートしなければならない”と提起しております。
 屋嘉比 当然ですね。しかし、どうしたら価値的にしかも有意義に時間を使うことができるかは、これまたむずかしい。(笑い)
 池田 私どもは忙しくて、あまりピンときませんが(笑い)、私は、生物学者ベルタランフィの言葉を思い出します。
 屋嘉比 ベルタランフィですか。彼の理論は医学の分野でも注目されています。どんなことを言っておりますか。
 池田 ちょっとむずかしい言い方をしていますが(笑い)、“生命とは、まえもって定められた筋道どおりに安楽に落ち着いていくことではない。生命は、その最高のあり方においては、容赦なく、より高次へと進まざるをえない「生の躍動」である”という内容だったと思います。
 つまり彼は、人間はただ安楽のみを追い求め、決まったレールの上を走るような人生では本当の満足感はない。より進歩し、より高次元の人生観へと志向するところに、真実の「生の躍動」があることを、言いたかったのではないでしょうか。
 これは、私どもが日夜主張し、行動していることでもあるのはご存じのとおりです。(笑い)
 ともかく一流の人の見識は、みな仏法に近い。
 ―― 名誉会長が数年前、九州のある高校の生徒会から、「あなたの信条は」とのアンケートに対して、「波浪は障害にあうごとに、その堅固の度を増す」という一言を、次代をになう青少年のためにあげられていたことを思いおこします。
 屋嘉比 私も好きな言葉です。本当に人間は、忙しいから不幸なのか、時間があり、恵まれているから幸福なのかは、一概に言えませんからね(笑い)。その意味でも、これからますます“人間とは”“人生とは”という質が問われる時代と思います。
 ―― ところで屋嘉比さん、バイオテクノロジーというのは、一言で言うとどういう原理ですか。ひとつ、われわれ素人にもわかるように説明してくれませんか。(笑い)
 屋嘉比 簡単に言えば、生物の「遺伝子」や「細胞」の機能を人工的に操作し、自然を改造したり、また工学的に応用したりするわけです。
 たとえば寒さに弱い植物の遺伝子を、人工的に寒さに強い遺伝子に取り換えると、耐寒性の植物ができます。バイオは、小さな遺伝子に集積された情報に基づき、「生命」が物質を生産する力用と原理を応用したともいえます。
 ―― どうも私どもには、わかったようでわからないような部分もありますが……(笑い)。仏法では、こうした原理に関したものはございますか。
 池田 そのままあてはまるかどうかわかりませんが……。  
 「大海の一たいの水に一切の河の水を納め一の如意宝珠の芥子計りなるが一切の如意宝珠の財を雨らすが如し」という御文もあります。
 ―― 「如意宝珠」というのは……。
 池田 現代風に言えば(笑い)、読んで字のごとく、意のままに宝物や衣服、食べ物を取り出すことができる宝珠のことと思います。
 この宝珠は芥子のような小さなものである。しかし、あの大海の一滴の水のなかには、流れこむすべての川の水が納められている。それと同じ原理である、というのです。
 屋嘉比 なかなかおもしろい譬えであり、しかも鋭く真理を突いた御文と思います。
 池田 これは仏法上は、「妙法」の功徳の力用の大きさ、広さを譬えた御文なんです。
 ―― このバイオ研究の草分けは、だれになりますか。
 屋嘉比 十九世紀のフランスの細菌学者パスツールだという学者もおります。
 ―― パスツールですか。私は二十年ほど前、フランスのパスツール研究所にジャック・モノー博士を訪ねたことがあります。あの研究所は、キリスト教神学が医学の進歩に介入することに対して、砦の役割を果たしてきたことで有名ですが。
 屋嘉比 そのとおりです。それは医学史の夜明けともいえる輝かしい一ページとなりました。
 ―― すると本格的な展開は、いつごろから……。また、なぜ進歩したのでしょうか。
 屋嘉比 一九五三年にDNAの構造が発見されてからです。
 さらに、近年の分子生物学の進歩が大きく貢献しております。
 池田 でしょうね。私はまったくの素人ですが、昨年夏、長野県へ行った折、信州大学で三十数年来研究をつづけてこられた方と、木陰で一時間ほど懇談しながら、いろいろお話をうかがいました。
 ―― 何のご研究の方ですか。
 池田 桑の実と葉を質、量ともに改良する研究一筋でやってこられたようです。
 私はよくわからないのですが、日本では珍しい、試験管の中でたった一つの細胞からつくったドラセナというブラジルの花を、説明書付きであとから送ってくださいましたよ。
 その方の研究室には、二人の中国の留学生がいて、一緒に来ておりました。一人は女性でした。二人ともたいへんに頭のよさそうな学生でした。またインドからも来ていたと言ってました。
 ―― 各国とも、こぞってこの分野には力を入れておりますからね。
 屋嘉比 バイオでは女性の活躍がめざましいのです。とくにアメリカでは、トップクラスの研究者の半数は女性だといわれます。
5  新たな価値観求められる生命の世紀
 ―― この分野の研究は、今後どのような方向へ進みますか。
 屋嘉比 たいへんな生活革命、環境革命をもたらすと思います。しかし同時に、“生命の不可思議”が、ますます奥深く広がっていく気が、私はしてなりません。
 とともに、ご存じのように、医学の倫理という大問題が不可避となるわけです。
 池田 謙虚な言葉です。しかし真実でしょうね。仏法では「不可思議の法」、また「不思議実理の妙観」とも説かれている。
 屋嘉比 「不思議実理の妙観」とは……。
 池田 少々専門的になりますが、「教相」上の浅い法門を破して「観心」の法門を立てることです。この「妙観」あるいは「観心」という法門によって、初めてとらえられた宇宙と生命の究極の姿を「不思議実理」というのです。
 結論して言えば、この法門とは「事の一念三千」の当体たる「南無妙法蓮華経」の一法となるわけです。
 つまり、これはまた、科学などの現象論の範疇では、近づくことはできるが、全体観、実在は、どこまでいってもとらえきれないのが「生命」の実理、実相であることを説かれている、とも私は思います。仏法では、これを「妙」ととらえるわけです。
 ―― 『「仏法と宇宙」を語る』でも、さまざまな角度から論じていただきましたが、本当に、生命とは、宇宙とは、という問題は深くつきつめればつきつめるほど、深淵な問題ですね。
 池田 あるイギリスの有名な物理学者に、「宇宙は、大いなる機械より大いなる思想に近い」という言葉があります。この宇宙に存在しゆく生命もまた同じであると……。
 屋嘉比 私は一医学者として、たいへんに感動する言葉です。
 ―― ところで先日、日本で初めて、バイオテクノロジーの国際会議が大阪で開かれました。この会議はソ連も含め、世界二十数カ国、六百三十人もの関係する学者が会したそうです。
 最近はますます、「生命」という問題への関心が、世界的に高まっているひとつの証左と思います。
 池田 屋嘉比さんは行かれましたか。
 屋嘉比 いや、私は忙しくて行っておりません。(笑い)
 日本からは、大阪大学の山村前学長が感銘深い基調報告をされたようです。
 ―― 山村雄一博士ですか。博士は、昨年の甲子園の世界平和文化祭に、来賓として出席されていましたよ。私も会場でご挨拶させていただきました。
 池田 うかがっています。博士はどんな……。
 屋嘉比 博士は会議の冒頭、「生命科学の光が強くなるほど、その影も濃くなる。人間とは何か、科学技術と医学的治療の向かうゴールは何かを問うべき時期に来ている」と問題提起されていました。
 ―― すると、多少の観点の違いはあっても、この対談で私どもがいつも論じてきたことと同じになりますね。(笑い)
 屋嘉比 これはもはや、現代の心ある科学者に共通の実感です。
 池田 ところで私は、トインビー博士の言葉を思い出しますね。博士は、「人間のもつ力が増大すればするほど、宗教は必要になってくる」と言っておりますね。これは、新しい科学時代の生命の哲学、宗教を志向した言葉と、私は今日まで思ってきた一人です。
 ―― トインビー博士は、先生との対談でもたびたび、先生の信条と仏教の生命観に共感をもつと語っておられましたね。私も強くこの言葉が胸に残りましたね。
 屋嘉比 たしかに科学者自身も「全人格的な幸福を求める新しい価値観」(新井俊彦著『生命工学』日本経済新聞社)が求められることに気づいております。
 また、そこにこなければならなくなってきたようです。

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