Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第15巻 「開花」 開花

小説「新・人間革命」

前後
52  開花(52)
 翌朝、ボーイスカウトの少年たちは、目覚めると、大講堂の廊下を駆け回るなど、すっかり元気になっていた。皆、熟睡し、体力を回復したようであった。
 メンバーにとって、大広間で国の別なく、一緒に一夜を過ごしたことは、忘れられない思い出となったようだ。
 お互いを身近に感じ、まさに、ジャンボリーのテーマである、「相互理解」の深まる一夜となったのである。
 メンバーは、この日、大石寺から、御殿場の自衛隊駐屯地などへ移動することになっていた。
 午前十時過ぎから、バスの乗車が始まった。
 まだ、雨は降り続いていたが、ゆっくり休んだ少年たちの表情は明るかった。
 前夜、雨に打たれた山本伸一は、風邪をひいたらしく、熱があり、体が重たかった。咳も出た。
 しかし、彼は、勇んで見送りに向かった。
 皆、二十一世紀を担いゆく少年たちである。世界の宝である。その未来に、励ましの光を送りたかったのである。
 この日は、三日間の夏季講習会を終えた高等部員も、下山する日であった。それぞれのバスに乗るため、高等部員とボーイスカウトは、並んで道を歩いた。
 ボーイスカウトのメンバーに傘を差しかけたり、荷物を持ってあげる高等部員もいた。
 バス乗り場の前では、あちこちで、「シー・ユー・アゲイン」(また会いましょう)と言って、固い握手を交わし合い、ニッコリと頷き合う姿があった。
 そこには、若き魂の共鳴があり、美しき触れ合いのドラマがあった。
 それは、国境を超えた″友情の名画″を思わせた。
 伸一は、前夜、受け入れの慌ただしさのなかではあったが、集められるかぎりの花束を集めるように、青年部の幹部に頼んでいた。
 人を思う強き一念は、細やかな配慮となって表れるものだ。
 バス乗り場で彼は、その花束を、一台一台、車窓からメンバーに手渡していった。
 「お元気で、また、日本にいらしてください」
 「アリガト……」
 頬を紅潮させて少年が答えた。
53  開花(53)
 山本伸一は、バスのなかにいる、ボーイスカウトの少年たちに向かって語りかけた。
 「今回、嵐に遭遇したことは、大変だったかもしれない。でも、それは忘れ得ぬ、生涯の思い出になります。
 人生も一緒です。皆さんのこれからの人生には辛いこと、苦しいこともたくさんあるでしょう。
 でも、それを乗り越えた時には、最高の思い出ができます。最も光り輝く体験がつくられ、人生の財産になります。
 ゆえに、将来、何があっても、苦難を恐れてはならない。敢然と立ち向かっていく、皆さんであってください」
 伸一は、高等部員に語りかけている時と、全く同じであった。彼には、相手が学会員であるかないかなど、問題ではなかった。
 伸一は、眼前にいる、未来に生きる少年たちを、ただただ、全精魂を注いで励まそうとしていたのである。
 英語のできる青年部の幹部が、彼の言葉を通訳した。皆、瞳を輝かせ、大きく頷いていた。
 伸一は、バス乗り場でメンバーを送り出すと、大講堂の指揮本部に向かった。
 ここでは全体の出発状況を確認したあと、大講堂の周辺にいたボーイスカウトと言葉を交わした。
 中米のホンジュラスから来たメンバーがいることを知ると、語らいのひと時をもち、一緒に記念撮影をした。
 また、イギリス隊のメンバーを見ると、彼は言った。
 「昨日、皆さんの勇気ある行動についてお聞きし、感銘いたしました」
 ――イギリス隊は、自分たちのテントは水浸しになりながらも、ほかの国のメンバーを先に避難させ、最後の最後まで、皆の安全のために奮闘した。その姿が、皆に勇気を与えたというのだ。
 臆病者の溜め息は、希望を奪う。しかし、一人の勇気ある行動は、万人を勇者へと変える。
 伸一は、賞讃を惜しまなかった。
 「皆さんには、ボーイスカウト発祥の地の誇りがあります。誇りは勇気の母です。人間を支える力です。
 将来、何があったとしても、私はイギリス隊だと、胸を張って生きてください。 イギリス隊、万歳!」
54  開花(54)
 山本伸一は、この日も陣頭指揮をとり続け、午後三時前、再びバス乗り場にやって来た。最終バスに乗るボーイスカウトを見送るためである。
 音楽隊、鼓笛隊の奏でる「蛍の光」の調べが響き、見送りのメンバーの歌声がこだましていた。
 「サヨウナラ!」
 「アリガトウ!」
 ボーイスカウトたちはバスの窓をいっぱいに開け、口々に感謝の言葉を語りながら、大きく手を振っていた。
 ここでの一夜は、国境や民族、宗教を超えて、相互理解を深め合った、もう一つの「ジャンボリー」となったのである。
 アインシュタインは、「信頼は個人の結びつきを培うことによってのみ、つくり出されうる」と分析している。
 ボーイスカウト日本連盟の世話役の一人が、伸一に駆け寄って来て、感慨深げに語った。
 「私どもは、外国の人と理解を深めることはもちろんですが、その前にもっともっと、日本のなかで、理解すべきものがあったことを知りました。それは、創価学会についてです。
 このたび、私たちは、暴風雨という大変な事態のなかで、皆様方の真心と人間性に触れることができました。
 この温かい友情に包まれた一夜に、山本会長のご好意を身に染みて感じた次第です。私たちは、この友情の灯を、消してはならないと思います」
 伸一は言った。
 「全く同感です。友情は人間性の証です。友情を広げ、人間と人間を結び合い、人類の幸福と平和の連帯をつくるのが、私どもの目的です」
 世話役の壮年は、大きく頷いた。二人は、固い固い、握手を交わした。
 この救援活動に、学会員は、慈悲の光を万人に注ぐ、社会貢献の時代の到来を強く感じた。
 後日、ボーイスカウト日本連盟の理事長は、学会本部を訪問して、山本伸一に感謝状と楯を贈っている。
 また、伸一は、後年、世界を旅するなかで、「あの時、お世話になりました」という青年たちと、思いがけぬ嬉しい再会を重ねることとなる。
 社会を離れて仏法はない。ゆえに、わが地域、わが職場に、君の手で、人間主義の花を断じて咲かせゆくのだ。

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