Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第90回本部幹部会 理論闘争を展開

1967.7.30 「池田大作全集」第3巻

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3  大聖人の仰せにいわく「智者に我義やぶられずば用いじとなり」また「行学の二道をはげみ候べし」と。この仏法哲学の大理論を、実践闘争の裏づけとし、また証明としていかねばならない。われわれは、日蓮大聖人の御金言に照らし、御聖訓に合致した智勇兼備の大信者の集まりであるということを再確認して、前進していきたいのであります。ただし、理論部は理論のみの遊戯であってはならない。大聖人の仏法は事行の一念三千であり、実践があくまでも主体です。すなわち、実践のための理論であります。理論は実践の証明とならなくてはならない。実践を忘れた理論は、いかに立派なことを述べても、それは観念の遊戯であり、天台仏法の亜流になってしまいます。それでは、決して一生成仏にも、広宜流布の推進にも直結してはいかない。
 結局、大きく学会全体としてみた場合には、王仏冥合実現が主体であり、理論闘争はその正しさを裏づけ、推進を助ける立ち場であります。これを理論郡の永久の指針としていっていただきたい。さらに、幹部諸兄は、この理論部の進展と共に、御書を中心にあらゆる広宣流布のための理論を読みきり、言論界の一切の論文も読み、自ら書き、自ら雄弁となって、一人残らず実践の将であると同時に、理論闘争の将になっていただきたいことが私の念願であります。(拍手)
4  最後に、御書の一節を拝読し、お互いに信心の指針としていきたいと思います。祈祷抄にいわく「法華経の行者の祈る祈は響の音に応ずるがごとし・影の体にえるがごとし、める水に月のうつるがごとし・方諸の水をまねくがごとし・磁石の鉄をうがごとし・琥珀の塵をとるがごとし、あきらかなる鏡の物の色をうかぶるがごとし」また、同じ御書にいわく「大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひ満干ぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」と。私どものだきしめでいる大御本尊の法力は広大深遠であり、私どもがこの御本尊に祈って叶わぬ願いは絶対にないとの仰せなのであります。(拍手)この御金言を強く、深く確信して、いかなる戦いも、宿命も、生活も、強い祈り、真剣な題目で切り開いていっていただきたいのであります。
 八月の八とは、開く義であります。お互いに、一切にわたって大きく開いていく月にしたいものであります。暑いので、十分に体を大切に、また事故なく、有意義な一か月をすごされ、福運を開き境涯を開き、また元気いっぱいに、八月の幹部会に集合しようではありませんか。(拍手)

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