Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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福岡の記念勤行会 「信心即生活」の大道を

1983.12.7 「広布と人生を語る」第5巻

前後
11  よく学会は排他的、独善的であるとの批判があった。しかしほんとうにそうであれば、こんなに広まるはずがない。
 妥協と寛容を混同して説く教団もある。だが妥協と寛容は違う。仏法の教義、信仰の信念というものには妥協はありえない。自己の信ずる信仰のほかに、別の宗教を信仰してもよいという考え方では、もはや信仰とはいえない。それでは信仰という名のみの遊戯にすぎない。
 とうぜん、日蓮正宗創価学会は、謗法厳禁である。とともに“正しき生活を”“よき社会人に”“よき常識人に”という信仰即生活と社会への指導をしてきた。
 そのだれ人もが納得しゆくまちがいなき指導と行動があったがゆえに、多くの友の心を開き、社会と時代を開きゆく一大勢力となったのである。
 仏法は「体」であり、世法は「影」である。「影」である世法の無認識の言に、「体」を紛動させられることは愚かである。
 真実の仏法である日蓮正宗の教義、実践は、われわれがいちばんよく知っている。われわれこそ、教えていく立場なのである。売らんかなの無責任な言など、歯牙にもかけず、広布と信心の大道を進みゆきたい。そこにこそ正法を信ずる者としての人間の精髄が輝いているからである。
12  私も三十六年の信心となった。弱い弱い体が、ただの一度も入院することなく、冥益を受けている。
 また、ためにする讒言も多々あった。私は、ぜんぶそれらを悠々と乗り越えてきた。私は御聖訓を信じて生きぬいてきたつもりである。皆さんのなかには、三十六年間信心を続けてきた人はいないと思う。ゆえに、先輩として確信をもって、日蓮正宗の仏法は正しいと申し上げられる。文句のある方は、三十六年間、信行学をやりきったうえで、言ってください。(大笑い)
 九州も広布三十周年の坂を越えた。これからも、団結と和楽の前進をお願いしたい。皆さまのご多幸とご健勝を心から祈りつつ、話を終わらせていただく。

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