Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第1回千葉県支部長会 ”如説修行”の人生に大福運

1978.11.25 「広布第二章の指針」第14巻

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8  最後に、きょうの佳き日を記念して「阿仏房尼御前御返事」の一節を拝読させていただく。「弥信心をはげみ給うべし、仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにくまばにくめ法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身をまかすべし、如説修行の人とは是れなり、法華経に云く『恐畏の世に於て能く須臾も説く』云云、悪世末法の時・三毒強盛の悪人等・集りて候時・正法を暫時も信じ持ちたらん者をば天人供養あるべしと云う経文なりし(御書1308ページ)――。
 この御文の冒頭の「弥信心をはげみ給うべし」は、もっとも私どもにとって大切なことである。御書を拝読すると、これと同じ御文を各所でお説きあそばされている。われわれは、いよいよ信心に励んでいかなければ、大聖人のお言葉に反するのである。
 そのために、励ましあい、目標を与えるのであり、組織の必要性もそこにあるわけである。信心は、観念ではない。祈りであり、行動実践である。「理」ではない。あくまでも「事」なのである。
 また「仏法の道理を人に語らむ者をば……」の一節は、日蓮正宗創価学会が、今日まで他宗と戦いながら正法流布に専念してきたがゆえに、御文のとおり、いわれなき世間の批判中傷をあびてきたのがこれまでの広布の歴史であった。
 われわれは、どこまでも、大聖人の正法正義の実践にあたっては「よしにくまばにくめ」の御金言に身をまかせ、勇気ある如説修行の人としての一生をともどもにかざっていきたいものである。
 そして、いかなる苦難にも一歩として動ぜず、また退かず、むしろ喜びとしていける実践があるかぎり「天人供養あるべし」とあるとおり、信心は深まり、境涯は開かれ、諸天の加護も厚く、一生成仏も絶対に間違いないのである。
 支部長、婦人部長の皆さんが、体を大切にし、御本尊の偉大さを賛嘆しつつ、後輩の成長を楽しみ守りながら大切な人生を送っていかれるよう、心より祈っている。

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