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日蓮大聖人・池田大作

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第二東京・東北・信越合同本部長会 時にかなった信心を

1978.1.8 「広布第二章の指針」第12巻

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4  柿の実も、秋にならなければ熟さない。真冬では熟さない。ありとあらゆるものが、時に従っている。と同じように、仏法を学び実践するうえにおいてもまた、もっとも大事なことは時にかなうことである。末法という時にかなった唯一の正法が、三大秘法の南無妙法蓮華経であり、その社会における実践でもっとも大事なことは、開目抄等に仰せの、ことく、折伏を行ずるということである。
 この末法においては、御本尊に対する唱題、また折伏即広宣流布という実践をしなければ、時にかなった信心とはいえないのである。いま、宗門、学会が、大御本尊に照らされながら、折伏弘教即広宣流布というおおいなる一本の道に邁進しているということは、時にかなった信心即活動であると、強く確信されたい。
 ともあれ、人間はいつか死ぬものである。そのときに、広宣流布のために、多くの会員の面倒をみた人は、かならず唱題回向もされるであろう。仏法を教えてくれたという恩を忘れないで、このようにその人の生命に、唱題と感謝の念を刻みつけていけることは、まことに尊いことである。
 法のため、人のため、そして自分自身の一生成仏のために仏道修行に励むということは、この乱世の社会にあって、まことに尊く、まことに誇りたかき人生であることを銘記されたい。
 創価学会も、再来年で創立五十周年の佳節を迎えることになった。五十年といえば、人生にあてはめても、いちばん働き盛りの年代といえる。いわば、私たちは、七百年来の広宣流布の、もっとも充実した建設期を担っているのである。
 大御本尊へのひたぶるな信心を根本に、われらで築きあげたこの歴史を、さらに盤石ならしめることを最大の名誉として、再びこの末法広宣の険難の尾根を登攀しぬいていただきたい。

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