Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

第1回栃木県幹部総会 色心不ニの哲理こそ最極の実践道

1973.11.6 「池田大作講演集」第6巻

前後
4  文化の向上と県民の自覚
 ともあれ、この栃木県の国土は、関東から東北への回廊としての性格から、着々と首都圏の奥座敷へと体質を変えていきつつあります。したがって、大都市文化とその生活様式とが、土地の事情にはおかまいなしに流れこんでくるのは必然であります。
 都市型の利益も入ってきますが、それとともに、もろもろの都会悪も入ってくる。それらを分別して、よりよき地域を構築していくためには、ある一面においては、県民全体の団結した自覚がいよいよ必要となってくるのでありましょう。
 なぜならば、うっかりしていると、入ってくる都市型利益というものは、そっくり政治家や経済人の手にだけ集中的に入ってしまう。そして平均的庶民のところには、都会悪だけしか入らないというふうになりかねないからであります。
 私はもっともこれを心配します。それで、文化の向上だとか、なんとかいわれたら庶民は立つ瀬がありません。中進県から先進県への文化的発展というものは、そのようなものであってはならない。
 日蓮大聖人は小乗大乗分別抄のなかで、次のように申されている。「大冰の上に造れる諸舎いえは春をむかへては破れざるべしや水中の満月は実に体ありや」と。大冰というのは、氷です。氷の上につくられる家というものは、春という時がくると破れ沈んでしまう。また水中に映った満月というものは、当体はない、という道理を説かれております。この道理は、人生にも個人の生活にもあてはまります。
 このことを、応用的に拝してみたときには、きたるべき文化に対応していく県民の精神のあり方、いかなる姿勢でそれを受け入れていくべきかがわかると思う。つまり、これからの時勢に対応して自分の姿勢じたいに、確たるものをもっているということがいかに大切であるか、この御書に説かれた道理によっておわかりであろうかと思います。
 すなわち、広くいいますと、低い哲学、思想のうえに立てた文化というものは、また人生、家庭というものは「大冰の上に造れる諸舎」と同じである。
 現に二十世紀の物質文明そのものが、この様相を呈しているといっても過言ではない。実際に、この世界文明を、このまま暴走させてしまったならば、我々の孫の代には、地底の石油は枯渇して出なくなり、地上の森林をみな切り尽くして“トイレットペーパー騒ぎ”(笑い)どころの話ではなくなってしまう。
 このように、人類文化、人類生活のあり方が、根底から問い直されている現代であります。しかし、為政者、経済人はエゴに陥り、未来のことや人類のことなど考えていない状態です。「大冰の上に造れる諸舎」の警告が、いまほど適切な時代はないと、私は叫びたい。
 してみるならば、広宣流布、およびその具体的応用としての新文化の建設が、どれほど重要なものであり、またどれほど急務であるかが、わかると思うのでありま
 す。自覚ある県民性がいまこそ必要です。
 以上のことは、どの県にも共通にあてはまることでありましょうし、狭くは、どの市町村にも該当する一つの法則であると思う。ここに、地域社会の開発、地域社会の広布という大切な理由があり、そのために、いま我々は地域社会の活動に、信心のエネルギーを集中しているわけであります。
 来年は「社会の年」として、いよいよ社会の諸部門にも、信仰の開花へと進んでいこうとしておりますが、やはりそれも、まったく原理は同じであります。
 どうか、栃木の皆さん、第一章の総仕上げのうえに立って、第二章の社会への広布の根を張りつめていく活動へ、来年もまた私とともに、勇気をもって前進していってくださることを、心からお願い申し上げるしだいでございます。(大拍手)
 所詮、政治では、国土の総合再開発以上のことはいえないのであります。だが、それ以上に緊急であり、大切なのが、民衆、人類の精神の総開発なのであります。この地においては、県民の、市町村民の精神の総合再開発であります。
 仏性を開発し、自身を開発し、大知恵を開発し、生命力を開発し、人生の精進の力を開発し、この大事な地球と人類に対して、末法万年尽未来際までの繁栄と幸福とを開発していく――これが、まことの地涌の菩薩に課せられた大使命であると大きく目を開いて、この世の人生を使命に生きぬいてくださるよう、心からお願い申し上げます。(大拍手)
5  忍耐強く堅実に前進
 「御義口伝に云く本化弘通の妙法蓮華経の大忍辱の力を以て弘通するを娑婆と云うなり、忍辱は寂光土なり此の忍辱の心を釈迦牟尼仏と云えり娑婆とは堪忍世界と云うなり云云」と。
 先覚者の道は、いずれの時代であっても、批判というものはつきものであります。新しい時代の思潮には、必ず人々の反発と誤解があります。しかし、わが学会っ子は、広くあたたかい大きな忍耐力、忍辱の力を養って、がんばっていかなければならない。
 広宣流布という大作業は、急務ではありますけれども、決してあせって暴走する必要はない。無理を重ねて自滅のコースへのめり込んでしまっては絶対になりません。
 仲の良い、団結の力で、風が吹いても雪が降っても、ただ、堅実に前に進むことであります。誠実なる思いやり、深い対話を武器として、前へ進むことであります。指導といい、啓蒙といっても、道理からはずれては対話にはならない。
 よく世間では「愛さないかぎり、信じないかぎり、人の心は測り難い」といわれております。私どもは、こうした常識的な礼儀作法も豊かに身につけて、人間らしく立派な社会人として、朗らかに、しぶとく、決して背伸びせず、進んでいくことであります。壮年も、婦人も、青年男子も、女子も、それぞれの、その人の特質のままに振る舞いつつ、成長していってください。
 万事、唱題中心で「なにかあったら題目」という心意気で取り組んでいくことであります。題目にかなうものは、この世でなにもないのであります。
 とにかく、これからは、不景気になってインフレも高じてくると予想されます。したがって、生活を完璧に、そして仕事も立派に実証を示していけるように心がけて、よいお正月を迎えていただきたいことを、切望いたします。(拍手)
 最後に、きょう、お集まりの幹部の皆さんから、全県下の方々に「健康で、憂い少なく、明るい豊かな日々を送ってください」と、くれぐれもよろしくお伝えくださるようお願いいたします。私はなかなかお目にかかれませんもので、皆さん方に、せめて題目だけは真剣に送っております。なお、寒いなか、設営その他運営にあたってくださった諸兄に心から感謝申し上げ、私の話といたします。(大拍手)

1
4