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日蓮大聖人・池田大作

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関東第四総支部結成大会 折伏の精神

1960.9.12 「会長講演集」第1巻

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3  ただし、ここで考えねばならないことは、なんでも折伏というと、相手をやりこめて、自分が勝てばいいという心ではないのです。すぐに感情的になって、修羅場を現ずるような折伏もなりません。また、青すじをたてて、まるで第三者がみて、慈悲があるのだか、道理をつくしているのだか、わけがわからない、むしろ、折伏されている人のほうへ同情したほうがいいというような、そういう姿の折伏もあやまりです。
 戸田先生は、あるときに『折伏はおだやかに』と、ひとこと申されたことがあります。その『おだやかに』ということばを、ヘタに解釈すると『弱くともいいのだ』、摂受になるような姿に聞こえますが、そうではありません。ゆうゆうと、功徳を示し、順序正しく、明るい心で、だれがみても『なるほどな』と、そのように納得のできる折伏をしていきたいものであると思うのです。
 ただし、御本尊様に対し、日蓮正宗に対し、創価学会に対し、バカにし、誹謗するやからがあるならば、毅然たる態度で、師子王のごとき心をもって、破折をしきっていこうではありませんか。
 また、今、先生方からもお話がありましたが、ずうっと旅行をしている最中に、ある有名な方ともお会いして、学会の話が出たのですが、そのときに『自分も、創価学会は仏壇を焼き、位ハイを焼き、墓をぜんぶ、ぶちこわすと思っておった』というのです。過去において、新聞等に誹謗記事が出て、それをそのまま、大衆の人々は信じてきている人もあります。いろいろと話をしたときに『そんなことをしておったら、こんなに大勢の人が入信するわけがないでしょう』と言いましたところ『そうだ、自分もずいぶんおかしいと最近は考えてきた』と、こういうわけなのです。
 熱心のあまり、ほんとうの大聖人様の教えを、創価学会の指導を、自分勝手に解釈し、踏み間違えて、一、二ずいぶん狂言的なかっこうをした人があるかもしれない。そういう人がおっても、そういう人が言ったことも、学会全体が指導しているのだと言われる場合もあります。
 学会は、いまだかつて仏壇を焼けとか、位ハイを焼けとか、それから石塔をこわせとか、いっぺんも言ったおぼえはありません。牧口先生も、戸田先生も、私も、また大幹部の先生方も、むしろ墓地問題などは、こちらがえらい被害を受けております。
 そういうようなわけで、大衆の人々は、ずいぶん曲解をしているむきがありますが、私どもは一般会員の人々に対しても、あくまでも、信心指導の根本的徹底をしていかねばならないし、曲解している大勢の人々に対しても、まことの日蓮正宗創価学会のあゆみ方は、前進の仕方は、主張は、どこからみても、間違いないということを知らしめていこうではありませんか。以上申し上げまして本日の話とします。

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