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日蓮大聖人・池田大作

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師弟勝利の7月(上) 真実は勝て! 必ず勝つのが師子!

2007.7.20 随筆 人間世紀の光4(池田大作全集第138巻)

前後
10  かって牧口先生、戸田先生が投獄された折、多くの狡賢い弟子たちは、共に戦うどころか、こそこそ逃げ出した。
 こともあろうに、大恩ある師を罵倒する、恩知らずの愚者さえいた。
 さらにまた、難のときに、学会の乗っ取りを謀って策略する人間が蠢くことは、牧口、戸田両先生当時も、現代の創価学会においても、まったく同じ構図である。
 これは、いずこの国、いずこの団体、いずこの部署であっても、同じ方程式であるに違いない。
 今は、同じような幹部はいる。また、いた。絶対に私は許さぬ! 君たちも断じて許してはならない!
 これが仏法であるからだ。
 恩知らず、増上慢、気まぐれ、策略……それは、仏の敵である。
 それは、経文に明瞭であり、御書に明確である。
 釈尊は反逆した提婆達多も教団の最高幹部であった。
 嫉妬と羨望に狂った提婆は、釈尊のあとを狙い、最後は地獄に堕ちていった。
 妬み嫉んで戸田先生を陥しいれた連中もいた。同じく私に焼き餅をやき、陥しいれようとする輩のいた。皆様方もご存知の通りである。その仏罰は永遠に消えることはないだろう。
 大中部が生んだ、江戸時代の大学者と謳われる細井平洲は喝破した。
 「不徳は驕慢より悪なるはなし」(『世界教育宝典 日本教育編 細井平洲・広瀬淡窓』後藤三郎・柳町達也校註、玉川大学出版部)──不徳の中で驕慢ほど悪いものはない──と。
 そして、細井平洲は、善よりも悪のほうが人への影響は甚大であるとして、こう厳しく戒めている。
 「十人の臣に一人の不良の臣が混じれば、その一人による毒の回りは早いものですから、早く取り除かねばなりません」(篠田竹邑『嚶鳴館遺草』文芸社)
11  嵐の試練のなかで、先生は私に言われた。
 「誠実な君が嬉しいよ。本当のわが弟子である君がいて嬉しいよ!」
 その戸田先生の瞳には、涙がにじんでおられた。
 私は固く心に定めていた。
 ──必ず、何があろうが、どこまでも師匠と戦い抜く、誠実な弟子の陣列をそろえてみせる、と。
 「大難来りなば強盛の信心弥弥いよいよ悦びをなすべし
 七月十七日は、国家権力の弾圧にも屈せぬ、金剛不壊の師子の大城が、大関西を中心として、全創価学会にそびえ立つ日である。
 「正しい信心が最後は必ず勝つ」──正義は必ず勝つ!
 この私の叫びは、全同志の不二の叫びとなったのだ。
 ああ、七月十七日!
 権力の激しき弾圧にも、学会は微動だにしなかった。
 戸田先生が一九四五年(昭和二十年)七月三日に出獄されてから十二年にして、恩師が煮え湯を飲まされた、戦時中の壊滅という大難を、創価の師弟は、遂に、遂に乗り越えるたのである。
 一人の不惜身命の、偉大なる弟子の師子奮迅の戦いによって──。
 この厳粛なる師弟の精神を軽んずる幹部は、真実の学会精神のなき、狡賢い魔物であることを知らねばならない。そんな師子身中の虫を見逃してはならない。許してはならない。見過ごしてはならない。
 私は、弟子たちに心から訴える。

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