Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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″わが原点″を持つ幸福  

2005.3.26 随筆 人間世紀の光2(池田大作全集第136巻)

前後
6  それは、昭和三十五年の三月十六日。私の第三代会長就任の直前であった。
 この日、青年部の二十一世紀への人材育成グループともいうべき、男子部の「水滸会」、そして女子部の「華陽会」は、厳しき恩師・戸田先生から託された「広宣流布」の使命を胸に燃やしながら、決意も深く集い合った。現在までの創価学会の最高首脳は、秋谷会長をはじめ、この時、出席した幹部が大半を占めている。
 当時、「破邪顕正」の凄まじい闘争を開始した学会に対して、マスコミなど社会の無認識の中傷非難があまりにも多かった。その悪口罵詈に負けて、去っていった者も、何人もいた。退転して卑怯者になった恩知らずもいる。同志の約束を破り、臆病になって自分勝手の理由をつけ、自分勝手の道を逃げ惑っていった者もいた。
 崇高な大偉業を成し遂げる前には、必ず難はあるものだ。その道理を、仏法では明白に説いている。それをわからず、それを忘れて逃げ去っていった敗北者の侘びしい最後の姿は、多くの人の知っているところだ。
 ともあれ、大きな師弟不二の歴史を刻んだ「水滸会」の会合で、私は未来を指さしながら厳然と宣言した。
 「三月十六日を『広宣流布の記念日』にしていこう!」
 そして、訴えた。
 「石にかじりついても、同志を信頼し合って、激励し合って、広宣流布の総仕上げをしていくのだ。前進するのだ! 勝ち抜いていくのだ!それには、耐え抜いていくのだ。祈り強き題目をあげれば、臆病な自分自身の生命は厳然と変わっていくのだ。これが、人間革命である。真実の信仰である。地涌の菩薩の証である」
 「一度もしりぞく心なし」の御金言を、絶対に忘れるな!
 今日までの私は、この精神を寸時も忘れず、ありとあらゆる誹謗中傷を受けながらも、病弱であったわが身を堂々と革命しながら、世界的な創価学会を築き上げたことは、ご存じの通りだ。次は、君たち青年が広宣流布の全責任を担い立つ時が、遂に来たのだ。
 私と同じ心で、心深く決意して進んでいく本物の弟子が、厳然と勢揃いしていることを、私は自負している。次の世代の体制は、私の胸には、完璧に描き終わっている。永遠なる正義の法脈は、限りなく世界へ流れゆくのだ。
 歳月は、峻厳に本物と偽物を明らかにした。誓いを捨てた人生は、いかに自己正当化しようが、悔恨の地獄であり敗北。若き日の誓いを果たし抜く人生は、晴れ晴れと永遠に輝く正義の勝利者なのだ。
 日蓮大聖人は、若き門下を励まして言われた。
 「願くは我が弟子等・大願ををこせ
 我らの大願とは、「広宣流布の誓願」である。この正義の道には、行き詰まりも、停滞もない。あきらめも絶対にないのだ。
 ゆえに君よ! 今日の戦いを起こせ!
 かりに昨日負けても、悠然と前へ進め!
 そして、今日を勝て! 前進だ! 勇猛精進だ!
 不滅の四月二日へ! 栄光の五月三日へ! 勝利の七月三日へ!
 創価の春は、朝を迎えるごとに、不滅の生命の輝きを増していく。
 崇高な青年の魂を見つめながら、ボリバルは叫んだ。
 「最も美しいものは正義が与える宝冠である」

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