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日蓮大聖人・池田大作

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涼風  

小説「人間革命」11-12巻 (池田大作全集第149巻)

前後
17  山本伸一が、「霧の川中島」を歌い終わった。
 戸田城聖は、ハンカチで目をぬぐった。人びとは、戸田の涙を見て、目頭を熱くした。しかし、なぜ、戸田が涙したのか、わからなかった。ただ、厳粛な思いで固唾をのみ、戸田を見つめた。
 「伸、もう一度だ!」
 戸田は、語気鋭く言った。怒りをはらんだ声でさえあった。伸一は、一層、力強く、真剣な表情で歌いだした。
 人びとは居ずまいを正して、耳を傾けた。伸一の歌声が、再び堂内に響き渡った。
  ♪人馬声なく草も伏す
   川中島に霧ふかし……
 伸一の歌は、深い思いに満ちあふれていた。人びとは、ようやく歌詞に耳を澄まし始めた。
 「まなじりさきてただ一騎」の一節に、伸一の満身の力がこもった。皆は胸を突かれた。それは広宣流布に一人立った戸田城聖の姿でもあり、夕張での伸一の戦いでもあった。
 伸一が、万感の思いを託すように「無念や逃す敵の将」と歌った時、戸田の頬に、また涙が流れた。
 彼は、それをぬぐおうともしなかった。
 歌は終わった。
 「もう一度!」
 戸田は、また、伸一を促した。
 歌声は、夕張の同志の魂に染み渡っていった。命に切々と迫る何かがあった。
 歌い終わると、戸田は顔を上げて、人びとを見渡しながら言った。
 「これは夕張の歌です。君たちに、この歌の心がわかるか?」
 「霧の川中島」が、夕張の歌であると言われても、すぐには理解できかねた。皆、黙って戸田の顔を見つめた。次の瞬間、戸田の口から、火を吐くような言葉が発せられた。
 「炭労は卑怯だ! 戸田がいないのをいいことに、私の大事な弟子をいじめる。私が来ると、出て来ようともしない。どんな言いがかりでも、戸田に言ってくればよいのだ。私は、絶対に逃げ隠れはせぬ。会員は、私の大切な命だ!」
 夕張の同志は、戸田の怒りに満ちた叫びを聞いて、逃げた敵将こそ、炭労であることに気づいた。
 罪もない学会員に不当な圧迫を加え、「撲滅」を叫び、「対決」を打ち出しておきながら、ひとたび学会が抗議に立ち上がるや、身を翻し、路線を変更したのだ。
 戸田は、仏子をいじめる炭労の横暴には我慢がならなかった。彼は、夕張の同志を守るために、若き闘将・山本伸一を派遣したが、突進する伸一の馬蹄の音を聞くや、炭労は逃げたのである。
 戸田が、この夕張にやって来た目的の一つも、炭労の横暴を徹底して打ち砕くことにあった。しかし、炭労の幹部は、姿を現そうともしなかった。戸田は、討ち逃してしまった悔しさに、涙したのである。
 彼は、会員を、弟子を守るためには、命を捨てることも辞さなかった。仏子を苦しめた炭労への憤りこそが、この歌に込められた、戸田の心であった。夕張の同志は、戸田の涙が、自分たちを思う慈愛のほとばしりであったことを知った。
 ヤマの男たちは、唇をかみしめ、涙をこらえていたが、堂内の一角から鳴咽がもれた。それは、師の慈愛につつまれて生きる感涙にほかならなかった。
18  この年の八月は、各支部ごとに地方指導が実施され、全国的に弘教の波が広がった。二十八日には、豊島公会堂で本部幹部会が行われたが、発表されたこの月の折伏の成果は、四万一千世帯を超えていた。
 戸田城聖は、この飛躍を喜びながらも、数多い新入会者に十分な指導がなされず、成長の芽を摘んでしまうことを憂慮していた。
 広宣流布といっても、一人ひとりの人間革命と幸福境涯の確立がなければ、砂上の楼閣になってしまう。
 本当の意味での折伏の成就とは、入会者に信心への不動なる確信をもたせ、彼らを広宣流布の使命に、勇んで突き進む人材に育て上げた時といってよい。
 戸田は、登壇すると、静かな口調で語り始めた。
 「今月は、折伏の数が非常に多い。これは一面、まことに喜ばしいことでありますが、半面、また、非常に憂いをもつものであります。それは、この多い入会者が、本当に最後まで信心していけるかどうかという憂いであります。
 皆様も、十分、承知でありましょうが、なかには退転する人もある。また、熱心に信心に励まない人もいる。
 しかし、五年、六年、あるいは四年ぐらいでも、まじめに信心した人は、生活も向上し、願いも叶っている。
 そうした人を見るにつけ、信心をやめたり、あるいは不熱心のために、功徳を受けられない人のことが、残念に思われてならないのであります。ちょうど、宝の山に入りながら、宝を持たないで帰るようなものです」
 戸田は、退転する人びとのことを耳にするたびに、ひとり心を痛めてきた。彼は、全会員を、直接、自分の手で育てたかった。しかし、もとより世帯の急増は、それを許さなかった。結局は、幹部を育成して、日常の会員の指導を委ねざるを得なかっのである。
 戸田の願いは、支部長から組長にいたる全幹部が、彼の心を心として、戸田と同じ自覚、同じ決意で、会員の育成にあたることであった。
 彼の心とは、全会員を幸福の彼岸へと運ぶことにほかならない。それこそが、彼の根本目的であった。だから彼は、会員を睥睨するかのような幹部の態度を見ると、腹の底から激怒し、容赦なく叱責した。
 また、会員を苦しめる者があれば、どこまでも出向いて行き、命がけで戦った。さらに、会員が元気づき、喜ぶことであるなら、どんなことでもした。
 戸田は、事あるごとに、周囲の幹部たちに、こう言うのであった。
 「幹部のために会員があるのではない。会員のために幹部があるのだ。はき違えるな!」
 「幹部は、会員に奉仕するのだ。仏子に仕えるのだ。それが私の精神だ」
 戸田は、学会の幹部としての使命を、今こそ明確に語っておかなくてはならないと思った。彼は、本部幹部会に集った幹部の顔を見渡すと、話を続けた。
 「昨日、NHKの記者がまいりまして、大阪の婦人向けの番組で放送するのだからといって、いろいろな質問をしてきた。
 そのなかに、こういうのがあった。『この信仰をして、幸せになるといっても、なかには、ならない人もあるのではないか』という質問です。『断じて、そんなことはない』と、私は言いました。
 酒を飲めば人は酔う。その人の体質によって、一升では酔わなくとも、五升飲ませれば、誰でも酔うのが当たり前です。ご飯を食べるにしても、五杯も食べさせて、まだ、お腹がいっぱいにならないような人はいません。
 同じように、この信心をして、幸せにならないわけは絶対にないのです。ただ、宿業のいかんや、信心の厚薄によって、時間の長短は違います。病気をした時に、同じ薬を飲ませても、人によって早く効く場合と、時間がかかる場合があるようなものです。
 しかし、絶対に幸せになるということだけは、間違いない。ですから、せっかく御本尊様を持ちながら、それを粗末にしたりして、一生涯、損をするようなかわいそうな人たちを、出さないようにしていただきたい。
 今晩、お集まりの幹部の皆さんは、よく会員の人たちの世話をし、懇切に指導してやってください。
 そして、一人ひとりに、『信心してよかった』という喜びを、味わわせてあげていただきたいと思います」
 戸田は、組織というものは、人体に譬えれば、いわば、骨にすぎないと考えていた。そこに温かい信心の血を通わせる血管が、幹部のきめ細かな指導と激励であり、血を送る心臓は、ほかならぬ戸田自身であった。戸田は、血管が途中で詰まって、彼が送り続ける信心の血が、通わなくなることを憂えたのである。
 参加者は、会員に対する戸田の心をあらためて知り、強く胸を打たれた。参加した幹部たちは、それぞれの組織の一人ひとりを胸に浮かべ、徹底して個人指導に励もうと心に誓った。
 本部幹部会では、ブロック制の改革も発表され、まず東京都内の各区に、総ブロック制が敷かれた。新しいブロック組織は、総ブロック長、大ブロック長、ブロック長、小ブロック長という体制で出発することになったのである。また、婦人部の役職として、タテ線の地区担当員や班担当員同様に、総ブロックには総ブロック委員が、大ブロック以下の組織には、それぞれ担当員が設けられた。
 山本伸一も、この日、葛飾区の総ブロック長の任命を受けた。
 彼は、ますます多忙を極めたが、自己の責任の一つ一つを、完壁に果たしゆくことを自らに誓っていた。

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