Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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一人立つ  

小説「人間革命」1-2巻 (池田大作全集第144巻)

前後
13  秋の日は、既に深く静かに暮れていた。戸外は真っ暗になり、電灯がついていた。
 寺川や宮島のグループは、遺族にあいさっすると、真っ先に玄関へ立った。参会者は、一人ひとり逃げるように去っていった。
 戸田は、最後に丁重に、遺族を送り出した。本堂には、彼と数人の人が残った。
 「戸田さん、くれぐれもお体を大事にしてくださいよ」
 堀米は、彼にこう言って、庫裏へ行った。
 戸田は、ガランとした本堂に立った。自分の真意を汲んだ者の一人としていないことに、気づかねばならなかった。激しい孤独感が、またもや彼を襲った。
 数人の人びとと、彼は連れ立って駅に向かった。彼は、いつになく不機嫌であった。経済人グループの誰彼が話しかけても、返事すらしなかった。そのうえ肌寒い秋の夜気は、彼の心を、ますます引き締めた。
 駅近くになって、戸田は、やっと口を聞いた。
 「どうか諸君も、これから悔いない信心をしていただきたい。後になって、法華経に名を残すか、残さないかは、ここ二、三年の信仰いかんで決まってっしまう。
 信仰は体、事業は影であると大聖人は仰せなのだから、信仰を中心として、学会の発展と事業の成長を、ともに願っていこうじゃないか」
 戸田は、何を思ったか、急にそう言って、経済人グループを激励した。
 彼は歩みながら、未来への決意を秘め、自作の詩を一人、静かに歌い始めた。
  我いま仏の 旨をうけ
    妙法流布の 大願を
  高く掲げて 一人立つ
    味方は少なし 敵多し
  
  誰をか頼りに 戦わん 
    丈夫の心 猛けれど
  広き戦野は 風叫ぶ
    捨つるは己が 命のみ
  
  捨つる命は 惜しまねど
    旗持つ若人 いずこにか
  富士の高嶺を 知らざるか
    競うて来れ すみやかに
14  歌いつつ、彼は、かつてない感動を抑えることができなかった。あふれんばかりの情熱と、確信と、決意とに、身を震わせていた。
 ふと、彼の頭に、ある言葉が浮かんだ。
 ――師子は伴侶を求めず。暗々裏に伴侶は求めていたことからきている。彼の弱い心の仕業であったかもしれぬ。
 師子は伴侶を求めず――伴侶を心待ちにした時、百獣の玉、師子は失格する。
 師子には、絶対、孤独感はない。伴侶は求めずして、ついて来るものだ。広宣流布の実践は、師子の仕事である。自分が師子でなければならぬなら、伴侶は断じて求むべきではない。自分が真の師子ならば、伴侶は自ら求めて、自分の後についてくるにちがいない。
 要は、自分が真の師子であるかどうかにかかっている。まことの地涌の菩薩であるか、否かだ。
 ″俺は、師子でなければならない。師子だ。百獣であってはならない″
 彼は、一瞬にして悟った。
 連れ立った連中に、彼は力強く言った。
 「それでは、今日は、これでお別れしよう。来年十一月十八日の先生の三回忌には、盛大な法要を営もう。一年の辛抱だ。その時、学会の総会もやるんだ……」
 連れの人びとには、今夜の戸田は、どうかしていると思えてならなかった。不思議そうに、ただ、彼の顔をのぞくばかりであった。
 戸田は、生き生きとした表情で、人なつっこい笑顔を浮かべていた。
 今、戸田は、一周忌に集まった人びとの様相から、ただ一人、妙法広布へ、前進の指揮を執らねばならぬと立ち上がったのである。
 こうして、この夜は、戸田城聖が広宣流布の第一声を放った、歴史的一日となった。
 しかし、この時、誰人も、戸田の決意のただならぬものであることを知らなかった。集まった人びとは、法要をすませた心安さで、ただ家路を急ぐばかりであった。
 秋の夜の空気は、戸田の心と同じように澄んでいた。空には、星が美しく瞬き、彼の未来の輝く勝利を、祝福しているかのようであった。
 時折、木枯らしを思わせる風が、木々の葉を揺さぶり、灯火のついた窓を叩いていた。
 シラーは言った。
 ″一人立てる時に強きものは、真正の勇者なり″

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