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日蓮大聖人・池田大作

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随筆「私の人間学」(池田大作全集第119巻)

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30  「死角」のない組織――五稜郭の築城法
 一九八七年(昭和六十二年)八月、函館を訪問したさい、青年たちと五稜郭へ行った。五稜郭は、戊辰戦争における最後の激戦地であり、薩長の新政府軍に対して、榎本武揚率いる旧幕府軍がたてこもり、戦いを挑んだところである。
 ところで五稜郭は日本で初の西洋式の城郭としても有名である。幕末の一八五七年(安政四年)に着工し、一八六四年(元治元年)に竣工している。
 その名は「五角形の平面を持つ城塞」の意であり、設計したのは伊予大洲藩(愛媛県大洲市)出身の蘭学者・武田斐三郎であった。彼は、フランスの築城書のオランダ語訳をたよりに、設計に当たった。
 この五稜郭の築城法は、大砲の発達とともに、フランスなどでもよく行われた独特のものであった。平地に星形に濠を掘り、その土で土塁を築いて、その突角部(稜堡)に砲座を置く。そして周囲には外濠をめぐらすというものである。この稜堡式築城は、日本でも十七世紀のなかごろには、兵法書に登場している。やはり幕末に築造された、長野県南佐久郡の龍岡城も、これと同型であるという。
 当時、なぜ、こうした築城が行われるようになったのか。それは、郭内からの砲撃に“死角がない”からである。この形であれば、攻撃してくる敵に、二重三重に、砲弾を浴びせることができた。
 「死角をつくらない」――これは、活力ある組織を構築するうえでも、大変に重要な視点である。
31  私の恩師戸田先生は、常々、あらゆる角度から組織のあり方について話してくださった。この組織と“死角”の問題についても経営論等を通じて、次のように指導された。
 「会社を経営するには、銀行のように、大きい一つの部屋で仕事をすることが最も大事だ。衝立や小部屋をつくっていくような仕事場は、陰をつくるような結果を生むから、注意しなければいけない。全社員の仕事ぶりを、社長は一望できることが大事である」
 いかなる組織にあっても、原理は同じであろう。何となく見えにくい“死角”が生まれ、中心者からみて、見通しが悪い部分があったときには、必ずそこから問題が発生するものだ。ゆえにリーダーは、全体を一望できる「明快」にして「見通し」のよい組織をつくることが大切である。そのためにも、中心者自らメンバーの意見をよく聞き、全員をよく理解することが肝要となる。
 また“死角”をつくる怖さは組織だけにあるわけではない。人間もまた同じである。
 どこかに不透明な部分を持つ人間、また何か心の底が知れない人は、リーダーはくれぐれも注意すべきである。人を裏切ったり、悪事を働く人間は、どこかに見えない不透明な部分があるものだ。報告がない。顔を合わせることが少なくなる。話をしていても明快でなく、不透明な部分が必ず残るようなときには、危険水域に入ったとみてよい。
 全体が、リーダーの一望のもとに、心を合わせて進んでいく――こうしたダイナミックな明るい組織こそ前進の組織といえよう。
32  同時にまた、五稜郭は“平城”であることに注目したい。ここにも重要な組織の視点がある。組織はいわば城にたとえられよう。いかなる組織であれ、何層にも組み上げられた“そびえ立つ”がごとき“城”ではなく、組織もまた、皆が同じ次元に立ち、ともどもに経験を積みながら進む「公平」にして「平等」な“平城”であることが肝要といえよう。山頂に高く“そびえ立った”山城のような組織になると、リーダーは結局、下のほうが見えなくなり、“死角”をつくることにもなりかねない。
 “死角をつくらない”――それは組織の、そして人の心のあり方の急所といえよう。五稜郭はそうした組織と人の急所を静かなるたたずまいのなかに教えているように私には思われた。

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