Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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鉄桶の団結 大埼玉の勝関よ永遠なれ

2003.9.17 随筆 新・人間革命6 (池田大作全集第134巻)

前後
5  若き日、私は、青年部の室長、文京支部の支部長代理の役職とともに、学会の渉外部長として、あらゆる外交戦の責任を担っていた。
 一九五五年(昭和三十年)の二月、ある大手新聞社の埼玉版に、学会の批判記事が出た。
 何の裏付けもない事実無根の作り話が、紙面を覆っていた。
 会員数や役職名など基本的な事柄さえ間違いだらけで、「いつ」「どこで」「誰が」といった具体性が全くない。偏見と憶測に基づく悪意の中傷であった。
 今までも、俗悪週刊誌等のデマ記事で、どれほど多くの人びとが傷つき、汚名を着せられてきたことか。これを他人事として冷笑する社会は、断じて健全とはいえぬ。
 民衆の幸福のための真剣にして無償の行動さえ、「信じられない」「うさん臭い」等と歪んで見るのが、日本の浅ましき島国根性である。
 ともあれ、日本のいずこであろうが、陰険な中傷記事によって、いかに真面目な人びとが苦しんできたかと思えば、絶対に許すことはできなかった。
 私は即座に抗議の声をあげた。関係者に対し、あまりに杜撰な報道姿勢を糾した。
 倣慢で強圧的な態度の社の幹部もいた。だが、最後は埼玉の支局が非を認め、訂正を約したのである。
 本部に戻り、戸田先生にご報告すると、相好を崩され、「よくやった」と一言。その師の会心の笑顔は、今もわが胸から消えない。
6  イタリアの詩人ダンテは、峻烈に書き残した。
 地獄において──「裏切者はみな未来永劫にわたり/阿責にさいなまれている」(『神曲』地獄篇、平川祐弘訳、河出書房新社)
 多くの罪業を重ねた無法者が、永遠に後悔の苦しみを味わうことを、我らは知っているのだ。
 「我を忘れて自分の仕事に完全に没頭することのできる働きびとアルバイターは、最も幸福である」(『幸福論』1、草間平作訳、岩波文庫)
 これは、スイスの哲人ヒルティの言葉であった。
 この手に勝利をつかむ最後の瞬間まで、広宣流布という大偉業に汗を流しゅく人は、最高の幸福者だ。最高の勇者だ。最高の勝利者だ。
 その執念の戦いによって、永遠にわたる栄光と勝利の太陽は、あなたの頭上に燦然と輝いていくことであろう。
 おお、埼玉よ!
 おお、信念の大指導者の連なりゆく人材の埼玉よ!
 諸天善神が、そしてまた、正義の大王が頷き喜び、埼玉の広布の闘争の、勇気と慈愛と富みゆく者の行列をば、微笑みと賞讃をもって迎え送ることであろう。
 最後に、私がトインビー博士とも語り合った、イギリスの大哲学者ホワイトヘッドの言葉を、わが埼玉の友に贈りたい。
 ──歴史とは、努力のドラマである。(『ホワイトヘッド著作集』14、村形明子訳、松籟社、参照)
 大埼玉、万歳!
 大埼玉の勝鬨よ、永遠なれ!

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