Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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晴れ渡る岐阜の空 勝ち進め! 民衆の正義の大行進

2003.2.5 随筆 新・人間革命5 (池田大作全集第133巻)

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3  この記念撮影会の折に再会を約しあったが、それは翌年(一九七三年)六月に実現した。県民体育館に再び岐阜の友が集っての、文化祭と県幹部会である。
 文化祭の圧巻は、郡上方面の同志らによる創作劇「一人立つ」であった。江戸時代の宝暦年間に起こった、有名、な「郡上一撲」をモチーフにした劇である。
 ──時は十八世紀の半ば。郡上金森藩では、財政難の上に藩主が幕府の要職に就いて出費が嵩み、さまざまな理由をつけて年貢増を図った。
 「もう我慢ならぬ!」
 農民たちは増税撤回を求めて立ち上がる。一度は要求は認められるが、藩側の校滑な切り崩しと弾圧により、脱落する者も出始めた。
 だが「立者」とも「立百姓」とも呼ばれた、不屈の農民たちは、江戸に出て、死罪も覚悟で幕府への直訴を敢行していく。
 創作劇は、こうした史実を踏まえ、迫害に屈せぬ魂を描き出していった。
 堂々たる体躯の、主役の青年の叫びが会場に響いた。彼は、目が不自由ななか、男子部の幹部としても、必死に奮闘してきた青年であった。
 「俺は決めたんだ。死ぬ気になって事にあたれば、何も怖いことはない!」
 「たとえ両手を取られようが、足をもぎ取られようが、この命の続く限り、俺の命の続く限り戦い抜くんだ!」
 迫害の嵐に向かい、人生の苦難に向かい、断じて恐れることなく一人立つ精神!
 これこそ学会魂だ。世間の風向き次第で、たやすく信念が揺らぎ、逃げ去る臆病者は必要ない。
 御聖訓に仰せである。
 「願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ、過去遠遠劫より已来日蓮がごとく身命をすてて強敵のとがを顕せ・師子は値いがたかるべし
 学会は師子だ。邪悪とは、断固と戦い、勝つのだ!
 私は、この日、偉大な岐阜の同志の胸に、創価の正義の炎が、赤々と燃え上がったことを知ったのである。
 ──昨年、「郡上一撲」の舞台となった地域にも、民衆勝利の宝城たる郡上平和会館が誕生し、わが同志が生き生きと乱舞しておられる。本当に嬉しい。
 実は中国の周恩来総理も、三十八年前(一九六五年)の五月、日本の訪中劇団が演ずる、郡上一撲を題材にした演劇「郡上の立百姓」を観られた一人であった。
 岐阜に脈打つ、戦う正義の民衆の心は、偉大なる人民の指導者と、深き共鳴の調べを奏でていたのである。
 周総理は言われた。
 「勝利を望むのなら、消極的に抗戦するのではなく、積極的に抗戦することである」(『周恩来選集〈一九二六年~一九四九年〉』日本語版《周恩来選集》翻訳室訳、東方書店)
 悪と戦わずして、善の勝利はない善の拡大なくして、幸福の拡大もない。勇気をもって戦う生命こそ、人間としての栄冠なのだ!
 これは、中部の同志と共に半世紀、来る日も来る日も、広宣流布の戦場を勝ち越えてきた私の結論である。
 わが岐阜の同志よ! 正義と幸福の炎を燃やしながら、人生の凱旋門へと続く「この道」を、夫婦と共に、親子と共に、そして同志と共に、朗らかに、堂々と、勝ち進んでくれたまえ!

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