Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

第二十四回本部幹部会、第五回全国婦人部… 団結で勝利を! 人生の栄冠を共に

2003.1.8 スピーチ(2002.8〜)(池田大作全集第94巻)

前後
1  全員が功徳満開の一年を
 あけまして、おめでとう! お元気な皆さま方にお会いできて、本当にうれしい。本年も、よろしくお願い申し上げたい。(拍手)
 恩師の戸田先生が新年のあいさつのときに、ユーモアをこめて、よく、このように話してくださった。
 「毎年毎年、潮が満ちるように福徳を積んで、聡明で裕福になっていくのが信心の実証だ。みんな、『あけまして、おめでとう』と言うけれども、財布をあけて、こんなにいっぱいだと言えるような境涯になることが、本当におめでたいのだ」(笑い)。この一年も、ともどもに広宣流布に邁進し、全員が功徳満開の実証を勝ち取ってまいりたい。(拍手)
2  戦ってこそ人間、平和の方向へ、幸福の方向へ
 きょうはまず、スコットランド生まれの著名な思想家であり、歴史家であるカーライルについて話をさせていただきたい。
 カーライルは、一七九五年、小さな村の石工の家に生まれた。大学で学んだ後、学校の教師を経て、言論界に入る。働く庶民の生活に深い関心を寄せた彼は、社会の虚偽を容赦なく糾弾していった。彼の言論は、イギリス思想界において、指導的な役割を担った。
 カーライルは、ドイツの文豪ゲーテを師匠と仰いだ。ゲーテも、終生、彼を励まし、何度も手紙を書き送った。また、アメリカの哲人エマーソンとの友情も有名である。
 一八八一年、八十五歳で亡くなった。『衣服の哲学』『英雄と英雄崇拝』など多くの著作がある。
 カーライルは言う。
 「人間はたたかうように創られている」「人にとってたたかうことは、永遠に避けられないものである」(『過去と現在』上田和夫訳、『カーライル選集』3,日本教文社)
 人生は闘争である。もしも、戦いを避けるならば、その先は敗北しかない。
 私たちの広宣流布の運動は、平和の方向へ、幸福の方向へと、人々の一念を根底から変えていく戦いなのである。
3  私は、世界的英雄であり、中国人民の大指導者であられた、周恩来総理の言葉を想起する。
 周総理いわく。
 「人民の力に勝るものはない」(中共中央統一戦線工作部・中共中央文献研究室編『周恩来統一戦線文選』人民出版社)
 周総理は、どこまでも民衆が根本であられた。
 民衆は強い。権力者は弱い。権力者は、弱いからこそ、強大な権力で、わが身を飾り、時として、狂ったように、民衆を弾圧するのである。
 本物の指導者とは、民衆とともに、民衆のために、わが身をなげうって戦う人間である。それが周総理であられた。
 さらに、周総理は言う。
 「団結こそ力である。団結してこそ、われわれに課せられたすべての任務を実現できる」(『周恩来選集』日本語版《周恩来選集》翻訳室訳、外文出版社
 簡潔な言葉のなかに、勝利のための究極の法則が示されている。
 団結である。団結ほど強いものはない。今年も、創価学会は、団結で勝利しよう!(拍手)
 仏法は勝負である。また、何であっても、勝てば愉快だ。反対に、負ければ、皆が意気消沈してしまう。
 敗北者は哀れに泣く。勝利者は栄光に輝く。だからこそ、人生は断じて勝たねばならない。
 そのための、信心であり、異体同心の団結なのである。
4  周総理の母校・南開大学から友誼の絵
 文化の大恩の国・中国の六世紀の文人、庾信ゆしんはつづっている。
 「真花は暫くして落ち、画樹はとこしえに春なり」
 すなわち、″自然の花は、すぐに落ちてしまうが、名画に描かれた樹木は、永遠に春を薫らせてくれる″という意味である。
 ただ今、光栄にも、名門・南開大学よりお贈りいただいた干復千うふくせん教授の名画には、まさにこの言葉のごとく、永遠の「友情の春」「平和の春」、そして「希望の春」が、爛漫と咲き薫っている。
 孔繁豊こうはんほう副学長はじめ、南開大学の先生方、まことにまことに、ありがとうございました。
 創価学会の永久の重宝とさせていただきます。(拍手)
 (=席上、名誉会長の「日中国交正常化提言」三十五周年、「日中平和友好条約」締結二十五周年を記念して、南開大学から中国画〈タテ百六十センチ、ヨ三三百七十センチ〉が贈呈された)
5  ここに色鮮やかに描かれた中国の代表的な花・牡丹は、古来、「花の王」と讃えられている。牡丹は「平和」と「幸福」、「繁栄」と「富貴」を象徴する花として愛され、尊ばれてきた。
 今、二十一世紀の中国が、晴れやかな大発展を飾っておられることが、私は、何よりも、うれしい。(拍手)
 さらに、贈ってくださった絵には、周恩来総理との縁深き桜も、見事に描かれている。
 きょう一月八日は、忘れ得ぬ総理の命日である。
 あれは、私がお会いしてより、一年有余。世界を慟哭させた、悲しみの計報であった。(=名誉会長と周総理の会見は、一九七四年十二月五日。総理は七六年一月八日に逝去)
 亡き周総理を深く偲ぶこの日に、総理の最愛の母校である南開大学の先生方を、このようにお迎えすることができ、私は感慨無量である。
 そして、「長寿」のシンボルである白鶴も、またなんと優雅な姿で、生き生きと描かれていることであろうか。
 先ほどは、教授から、「三羽の鶴」に、学会の「三代の会長」の意義がこめられていることをうかがった。
 初代牧国会長も、二代戸田会長も、さぞかし喜ばれていることと思う。
 (絵画を除幕したさい、干教授は、「三羽の鶴は、創価学会の三代の会長を表しています。すばらしい三代の指導者が、平和と友好のために戦った歴史を永遠に残したい。そして、いつまでも池田先生がご健康でご長寿でいらっしゃることを祈っています!」と語った)
 この一年、日本全国、そして世界百八十五カ国・地域の同志の皆さま方が、健康長寿で、ご多幸であられ、百花練乱の福徳の花に包まれゆく象徴として、私は、この深き友誼の大傑作を拝受させていただきたい。(拍手)
 海外の同志の皆さま、遠いところ、本当にようこそ!
 イギリスの皆さま! インドの皆さま! 韓国の皆さま! 台湾の皆さま! 尊い研修会、たいへんにご苦労さまです!(拍手)
6  チャップリン「大宇宙を動かす力が君に」
 周総理は、世界にあまねく友情と対話を広げていかれた。対話こそが平和の道である。
 総理は、名優チャップリンとも、友愛の魂の交流の劇を刻まれた。チャップリンといえば、独裁者ヒトラーに対して文化の力で戦った「正義の喜劇王」である。
 きょうは、戦う芸術部の皆さまも参加しておられる。ありがとう!(拍手)
 人々の胸を打つ励ましは、いわば「人生の芸術」である。チャップリンの名作(映画『ライムライト』の中で、人生の先輩が、試練に立たされた乙女を励ますこんな言葉がある。
 「戦うんだ」「人生そのもののために」
 「宇宙にある力が地球を動かし木を育てる。君の中にある力と同じだ。その力を使う勇気と意志を持つんだ」(朝日ビデオライブラリー『ライムライト』日本語字幕・清水俊二、朝日新聞)
 一切は戦いである。これが人生の極致であり、芸術の極致である。
 創価学会も、戦いぬいてきたから「世界一」の発展を遂げたのである。
7  周総理の魂を継承する「周恩来研究センター」
 きょう、お迎えしたこう副学長は、「周恩来研究センター」の所長であり、とくに、若き周総理のヨーロッパ留学時代の研究で有名な方である。
 周総理にとって、フランスをはじめ、イギリス、ドイツで学ばれた二十代は、まことに重大な人生の転換期であったと言われている。
 一九二二年の三月、あまりにも痛ましい知らせが、祖国から、留学中の周青年のもとに届いた。一人の盟友が、権力を振るう軍閥によって、無残に殺害されたのである。
 周青年は、激しい怒りに打ち震えた。
 断固として戦う! 友の死を、断じて無駄にはしない! わが友の短い人生が、価値あるものであったことを、私は絶対に証明してみせる!――こう心を決めた。悲哀の涙も、遺巡も打ち捨て、命を賭して、戦い始めた。ひたすら前へ進んでいった。
 これが真の「盟友」である。本当の「青年」である。その正義の魂の炎は、一生涯、赤々と燃えさかっていったのである。
 大切な人の死という悲しみの淵から立ち上がり、その遺志を、さらに決然と、さらに堅固に実現していく人生ほど、深く、尊く、強いものはない。
 これは、私の人生の師匠である戸田第二代会長が、厳しい表情で言われていたことである。
 この周総理の崇高な精神をまっすぐに継承されているのが、南開大学である。
 周総理は、最晩年にいたるまで、悪の「四人組」の誹謗中傷に苦しめられた。総理ほど立派な人物がである。どこにでも、偉大な人を貶めようとする悪人がいる。
 さらに総理亡き後、「四人組」は、ここぞとばかりに総理の偉大な功績を歪曲し、隠蔽しようとした。しかしこの時、南開大学の若き言論の闘士たちは、″人民の総理の正義と真実を断じて後世にとどめるのだ。正しい歴史を、水遠に広く知らしめていくのだ″と決意した。憤怒をこめて立ち上がった。
 その結実が、こう副学長が指揮を執られる「周恩来研究センター」なのである。
 生死を超えて貫かれた偉大なる魂の系譜が、ここにある。私たちは、その精神に深く共鳴し、心から讃嘆申し上げたい。(拍手)
8  正義の人は幸福
 古代ギリシャの哲学者プラトンは『国家』に書き残している。
 「正しい人は幸福であり、不正な人はみじめである」(藤沢令夫訳、岩波文庫)
 どんな立場にあろうと、「正義の人」は幸福である。反対に「不正の人間」は、どんなに社会的地位があり、偉そうに見えたとしても不幸なのである。
 また、十九世紀のイギリスの女性作家エミリー・ブロンテは、詩につづっている。
 「偽りの愚かな人間よ 知れ
 たとえおまえが世の軽蔑を侮ろうとも
 おまえの賤しい魂は
 どんなにむなしい虫けらにも はるかに劣っているということを」(『エミリ・ジェイン・ブロンテ全詩集』中岡洋訳、国文社)
 偽りの愚かな人間――こういう人間にだけは絶対になってはならない。
 エミリー・ブロンテは、有名なブロンテ三姉妹の一人である。三十歳の若さで亡くなるが、その前年、不朽の名作『嵐が丘』を発刊した。
 当時は、女性の作家に対する社会の偏見があった。そのため男性風の筆名で出版した。
 人間の激しい愛憎を描いたこの小説は、当初は非難さえ浴びた。しかし現在では、シェークスピアの作品などと並ぶ高い評価を得ている。
 歴史は厳しい。正義は正義、邪義は邪義、真実は真実、虚偽は虚偽として裁かれていく。
 ゆえに、長い歴史の目をもって正邪を見極めていく、賢明なる自分自身をつくることだ。
 学会に対しても、これまで多くの中傷がなされてきた。すべてが大ウソであった。
 皆、正義を陥れんがための陰謀であり、策略であったことは、皆さまがよくご存じのとおりである。
9  御書には、「山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ非に非をますべし」と説かれている。
 法華経の行者に対する迫害は、釈尊の在世から時がたつほど、遠い辺土であるほど苛烈になると、末法の日本をさして仰せである。
 正義の人は、正義であればあるほど、行動すればするほど、妬まれ、憎まれ、罵られ、陥れられる。
 それが濁り狂った人間社会の実態であることを、日蓮大聖人は痛感しておられたであろう。
 創価教育の創始者であった牧口先生も、正義の行動のゆえに、戦時中、日本の軍部権力に投獄された。そして、獄死されたのである。
 しかし初代会長は、獄中にあっても、いささかも嘆くことなく、″大聖人の大難に比べれば、自分の難など、九牛の一毛(取るに足らない小事)にすぎない″と達観されていた。
 これが信仰の真髄の強さであり、深さである。偉大なる人生の勝利者の心である。
10  師の「価値論」を世界の大学ヘ
 昭和二十八年(一九五三年)のことである。
 「平和の殉教者」である牧口先生の十回忌を期して、戸田先生と私たち青年部は、創価教育学の柱である『価値論』を世界の大学に送った。
 (文の解認を添えた『価値論』は、世界約五十カ国の四百二十二におよぶ大学・研究所に寄贈された)
 多くの人々は、世界のことなど、あまり頭になかった時代である。
 「今ではない。三十年後、五十年後のために送っておくべきだ。初代会長の魂の著作を!」
 こういう思いであった。
 それから、今年で満五十年。今や、世界中の大学から、創価の人間主義の運動に、絶大なる信頼が寄せられる時代となった。妙法は宇宙と生命を貫く根本の法則である。われらの前進は、平和へ、文化へ、教育へとつながっていくのである。
 先日も、荘厳な伝統を誇る英国の名門グラスゴー大学に学ぶ創価大学出身の友から、うれしい便りをいただいた。それは、「創立者(=池田名誉会長)が名誉博士号を受けられたグラスゴー大学の図書館の蔵書リストにも、五十年前の『価値論』が存在することを確認し、感動しました」という報告であった。
 今、人類史上、未曾有の、仏法を基調とした「平和」と「文化」と「教育」の大連帯の基盤ができあがった。「創価の師弟」は、勝ちに勝ったと宣言したい。(拍手)
11  多くの人が″夢物語″と思っていたアメリカ創価大学も、ついに堂々と、そして晴ればれと誕生した。きょうは、アメリカ創価大学から、学長をはじめ教職員の方々、一期生、二期生、そして大学院生の代表の皆さんが参加しておられる。ありがとう!(拍手)
 皆、多くの国々から、アメリカ創価大学の「建学の理念」のもとに勇んで馳せ参じてくださった尊貴な先覚者である。本当にうれしい。
 さらに、今年の新年の集いで、学会は、名実ともに″日本一″であった。(拍手)
 とくに青年のはつらつとした姿が多かった。ひときわ輝いていた。それに比べて、日顕宗の衰退ぶりは、社会の話題にさえならないほど最低である。(爆笑)
12  「絶対の確信」に勝る力はない
 きょうは、「女性の世紀」の太陽であり、世界一の婦人部の幹部会でもある。本当におめでとう!(拍手)
 周総理夫人である鄧穎超とうえいちょう女史が、総理とともに、あらゆる困難を克服することができたのは、いったい、なぜか。こう副学長の洞察は、まことに明快である。
 ″鄧穎超夫人には、若き日から、人類の解放と多くの人民の幸福を勝ち取るための強い信念があり、そして必ず勝利できるという確信があったからです″と、インタビューに答えておられる。
 私も鄧女史と何度もお会いしているが、まったく同感である。「絶対の確信」に勝る力はない。
 きょうは四国の総会、おめでとう!(拍手)
 せっかく来たのに、いつ「四国」と言ってくれるのか――そう思っていた人もいるかもしれないが、心配いらない。(笑い)
 多くの人に話をする場合には、必ず、細かいところまで気を配っていただきたい。来た人が皆、満足するように。決して″独演″ではいけない。
 「よく来てくださいました」と会場のすみずみまで声をかけていく。そういうこまやかな心配りのできる人が、偉大な指導者である。その模範が周総理であられた。
 さて、四国と聞くと、思い出すのは、学会歌「紅の歌」。本当に、いい歌である。
 四国の破邪顕正の戦いは、じつに天晴れであった。大聖人が、どれほどおほめになられることか。
 かつて中国の民主革命の父・孫文先生も、信義に篤い「志の国」四国の友と深い友情を結んだことは有名である。(高知県出身の民権運動家・萱野長知氏と)
 その孫文先生は、こう言われた。
 「偽説はついに真理に勝つことはできない」(「社会主義の流派とその批評」中村哲夫訳、『孫文選集』2所収、社会思想社)
 「団結するものは強い」(「救国の急務」寺広映雄訳、同前)
 そして、「最後の勝利は、最後まで努力しぬいた人間がつかむ」(李曄・杜凡一編『孫中山名言録』吉林教育出版社)と。
 戦いは執念である。これが四国の歴史であり、四国の誉れであると私は讃えたい。(拍手)
 四国の皆さま、よろしく頼みます!
13  「地区」こそ広宣流布の推進力
 いよいよ青年部の「本門の時代」が開幕した。女子部は今月(一月)、男子部は二月に、それぞれ「全国地区リーダー大会」を開催することも、うかがっている。
 地区リーダーの皆さんのご健闘を、私も心から祈っている。
 最も地味で、かつ最も強力な「広宣流布の推進力」は何か。それは「地区」である。これを忘れないで戦っていただきたい。
 私も若き日、地区委員や班長として戦った。今でいえば、地区委員は地区部長である。初めから名誉会長や会長になったのではない。一つ一つ、真剣に、役職を全うしてきた。
 私の妻も班担当員――今の地区婦人部長から、一歩一歩、努力を積み重ねてきた。
 急に偉くなった人間はたいてい、すぐ崩れる。堕落する。確固とした土台がないからである。
 苦労せずして、土台ができるわけがない。それが道理である。
 第一歩から、下から積み上げた人間、苦労した人間を信用せよ――これが、牧口先生、戸田先生以来の学会精神の伝統である。これを外してはならない。
14  私が誉れとしていることがある。私は、青年部時代から「いちばん大変なところへ行こう! そこで戦って証拠を出そう! 必ず勝ってみせる!」――これがモットーであった。
 行くところ行くところで、全部、勝ってきた。それで、盤石な創価学会ができあがった。
 何も怖くない。私が、成果が悪いところへ行くと、必ず良くできる。だから「良くできる博士」と言われたくらいだ。
 広宣流布の若き英雄である皆さんも、いちばん大変なところへ飛び込み、苦労を積みながら、「わが人生の横綱」になってもらいたい。「最高の栄冠の勝利者」と輝いていただきたい。
15  周青年「一生を空しく過ごすな」
 先ほどこう副学長が話されていたとおり、南開大学と創価大学の共同研究の結実として、『周恩来と池田大作』に引き続いて、『周恩来と日本』が発刊された。
 そこには、一九一八年の一月一日、十九歳の周恩来青年が、日本留学中に最初に記した日記が紹介されている。
 その若き周総理の日記の一節には、「仏は報恩こそ無上であると説いている」「報恩の志を立て、ひとかどの仕事をなしとげ、彼ら(=恩ある人々)を安心させ、一生をむなしく過ごしはしない」(王永詳・高橋強編著『周恩来と日本』周恩来・鄧穎超研究会訳、白帝社)と凛々しくつづられている。
 私たちが幾度も拝してきた御聖訓には、「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」と仰せである。
 一生を空しく過ごさぬ人生とは、いったい、どこにあるか。
 それこそ、「広宣流布」印型「世界平和」の師弟の誓願に生きぬく人生であると、私は申し上げたい。(拍手)
 終わりに、尊敬する周総理の、私の大好きな言葉を、我が青年部に捧げたい。
 「われわれが求めているのは、勝利、それも徹底的な勝利」(前掲『周恩来選集』)である。
 南開大学の諸先生方、きょうは、まことにありがとうございました。
 謝謝シェシェ(中国語で「ありがとうございました」)!
 (東京牧口記念会館)

1
1