Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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荒川、立川文化音楽祭 広宣の聖火を偉大な庶民の都から

1991.12.23 スピーチ(1991.10〜)(池田大作全集第79巻)

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20  ともあれ、戸田先生が叫ばれた「信心は大聖人の時代に還れ」こそが、我が創価学会の一貫した精神である。魂である。
 大聖人時代の信心。ここに、私どもの進むべき道がある。「大聖人直結」の実践を貫くところ、福運と功徳は無量に、永遠に、輝いていく。
 今、不思議なことだが、御授戒ひとつとっても、自然のうちに学会は、大聖人時代の信仰の姿通りになってきたのである。
 宗門による信徒への「御授戒」も、学会の大折伏によって確立されたのである。発展しきった今ごろになって、大功労の学会を破門したり、学会員への御授戒を拒むなどというのは、まさに本末転倒であり、仏法破壊の悪行である。
 何があろうと地涌の軍勢には行き詰まりはない。御書に仰せの通りである。彼らは信心がないので、それがわからない。私たちが困ると思って″意地悪″をしているのである。私どもは、大聖人の仏法の本義に照らして、「信心」本位で進めばよい。
 今お話ししたように、決してこれまでの″形″にとらわれる必要はない。知恵はいくらでもわいてくる。″会友運動″という新しい運動も、「広宣流布」への新段階として、身も心も軽やかに、勇んで取り組んでいただきたい。
21  大御本尊は「一閻浮提総与」であられる。「全民衆の幸福」のための御本尊であられる。その大御本尊が書写された、会館や皆さまのご家庭の御本尊も、御本尊としての御力に、何の違いもない。また、かりに御本尊を拝せない場合も、強盛な信心の唱題は、大御本尊に必ず通じていく。妙法は全宇宙にあまねき大法なのである。
 私どもに「無二むにの信心」ある限り、「無上宝聚むじょうほうじゅ 不求自得ふぐじとく(無上の宝聚、求めざるにおのずから得たり)」で、道は自在に、限りなく開けていく。また大聖人が、その道を厳然と開いてくださることは間違いない。
 このことを深く確信して、朗らかに、楽しく進んでいただきたい。
 最後に、本日、お会いできなかった皆さまにも、くれぐれもよろしくお伝えいただきたい。立川にも、必ずおうかがいしたいと願っている。
 すべての皆さまの「幸福」と「ご長寿」と「ご活躍」を、心からお祈り申し上げ、本日のスピーチを終わります。ありがとう!

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