Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第1回川崎文化音楽祭 広宣の舞台で戦う人は皆美しい

1991.12.15 スピーチ(1991.10〜)(池田大作全集第79巻)

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15  「第三の強敵の出現を喜べ」
 さらにこの時、戸田先生は述べられている。
 「(広宣流布は)どうなったらできるか、予言しておく。それは三類の強敵ごうてきが現れたときにできるのです。三類の強敵とはいかなるものか。俗衆増上慢ぞくしゅぞうじょうまんと申して、わけのわからぬ人がゴボゴボと悪口をいう。次は道門どうもん増上慢と申して、坊さん──失礼だからいいなおすと、坊主どもが自分らの信者が減るため、ゴボゴボいいだして悪口をいう。次に、もっともこわいのが僣聖せんしょう増上慢です。どういうものかというと、一国の指導者で、あの人のいうことならまちがいない、あの方こそりっぱな人だといわれる人が、この広宣流布に対して悪口をいいだしたときが、広宣流布するときです」と。
 そして「私が、初代会長のあとをついで、広宣流布の途上に立ちながら、いつも悲しく思ったことは、三類の強敵がない。三類の強敵どころか、第二類もない。すなわち俗衆増上慢だけで二類も三類もなかったので、ひじょうに悲しいと思っていたところが、最近、学会も十五万を超える世帯数となりました。(中略)そこで三流新聞の記者を買収して、攻撃してきた。邪宗の坊主が騒ぎだした。私は二類が現れたかと、心から喜んでおります。(中略)しかし、これからますます学会活動が本腰になるにつれて、日本じゅうの邪宗の坊主が結束してかかってくる。それでも責めようがなくなると、次に現れるのが第三類の強敵であり、これはこわい。これがでると、私もうれしいと思うが、みなさんもうれしいと思ってもらいたい。そのときこそ、敢然かんぜんと戦おうではないか」と指導されている。
 戸田先生が今、いらっしゃったなら、ようやく第三類の僣聖増上慢が出たぞ、と呵々大笑かかたいしょうして喜ばれることであろう。学会の実践が正しく、世界広布が本格的に伸展する時がきたからこそ、かつてない僣聖増上慢が出現したのである。
 戸田先生は、かつて「佐渡御書講義」の中で、釈尊在世に仏法を誹謗ひぼうした「六師外道」の末流まつりゅうが邪宗の僧と生まれて、法華経を誹謗し、大聖人を迫害するとの御文を拝し、叫ばれた。大聖人御在世の悪僧等が現在に生まれて、創価学会の広宣流布の邪魔をする、と。その際、将来を予見され、この悪僧等が「こんどは日蓮正宗のなかに生まれてくるのです」と喝破かっぱされている。
 ともあれ、戸田先生が指導されているように、私どもも、敢然と立ち上がり、大いに喜び勇んで戦ってまいりたい。
16  日亨上人「薄信・臆病者は「門下」にあらず」
 日亨上人は、「薄信はくしん(信心が弱く)臆病おくびょうにして、るべく法難をまねかぬ様に、(身口意の)三業を世間的に謹慎きんしん(言行を慎む)にして、大言壮語たいげんそうごもなし得ずして、非日的に行動する人あらば、それはすこぶる大聖人の御本意に遠ざかる、魔事怯業まじきょうごう(魔であり卑怯な行動)であると見なければならぬが、そう云ふ人は聖人の門葉には無からうと思ふ」と述べられている。
 「日蓮が如く」と正反対の「非日蓮的」な魔事──「薄信」「臆病」で法難を恐れ、広布への行動なき者は、門下ではない。いわんや今の宗門は、「非日蓮的」どころか「反日蓮大聖人」となってしまった。
17  私どもは、今までも、そして、これからも、変わることなく、″日蓮大聖人の門下″である。「日蓮が如くにし候へ」と仰せになった通りに、いよいよ「御書の通り」の実践に励めばよいのである。
 また、戸田先生が、「日蓮大聖人の時代に還れ」と叫ばれたように、これまでと同じく、大聖人の仏法の本義にのっとった、正しい信心・実践に立って、世界広布の道を、勇躍して前進し、開いていけばよいのである。
 しかも、今までと違って、民衆をしいたげるしき権威や、迷信的な化儀・形式、供養の強要などの、一切の鉄鎖てっさからき放たれて、自由に、自在に、伸び伸びと、広布の天地に駆けることができる。
 私どもは、大聖人の仏子である。″師子王の子″である。野犬の遠吠とおぼえのごとき狂態など、見下ろし、笑い飛ばしながら、いよいよ「創価の時代」の開幕と確信して、朗らかに前進してまいりたい。
 きょうは「偉大なる川崎」の雄姿を拝見でき、本当にうれしい。どうか「毅然たる信心」で、「楽しい人生」「有意義な人生」を満喫(まんきつ)していっていただきたい。
 また、同時中継の皆さまも、お休みのところ、ご苦労さまでした。きょうは、おめでとう!またお会いしましょう!

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