Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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「7・3」記念各部合同総会 暖かな、豊かな心の人間世界を

1988.6.26 スピーチ(1988.5〜)(池田大作全集第71巻)

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16  続けて大聖人は、こう仰せである。
 「だんな檀那と師とをもひあわぬいのりは水の上に火をくがごとし、又だんなと師とをもひあひて候へども大法を小法をもつて・をかしてとしひさしき人人の御いのりは叶い候はぬ上、我が身も・だんなも・ほろび候なり
 ――檀那だんなと師匠とが心を同じくしない祈りは、水の上に火をたくようなもので、叶うわけがない。また、檀那と師匠とが心を同じくした祈りであっても、長い間、小法によって大法を犯している人々の祈りは叶わないばかりか、我が身(師匠)も檀那も、ともに滅びるのである――と。
 正法正義を根本とした師弟一体の祈りが、どれほど強く、深いものか。それは、三世に崩れざる「永遠の栄冠」として結実しゆく源泉である。これにまさるものは、絶対にない。それに対し、″大法(正義)を、小法(邪義)でもって犯し″破ろうとする「悪の師弟」が、いつの時代にも登場する。そうしたコンビに限って、清らかな姿を装い、団結を誇示こじしながら、正しき勢力を攻撃しようとするものだ。
 だが、歯牙しがにもかける必要はない。大聖人が断言されているごとく、悪の祈りが成就じょうじゅするわけがないし、最後は滅び去ることは明々白々だからである。私どもは、悠々と幸福の直道じきどうを勇んで進んでいけばよいのである。
 ともあれ、若き諸君に未来の一切を託すとともに、諸君の一層の健康と、楽しく朗らかな躍動の人生、また妙法のリーダーとしての大成を心から念願して、本日のスピーチとさせていただく。

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