Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第2回全国青年部幹部会 ″本物の人生″を青年らしく

1988.3.12 スピーチ(1988.1〜)(池田大作全集第70巻)

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22  徹した努力の人に最期の勝利
 ともあれ、「真面目」と「努力」に徹した人ほど強い者はない。どこまでも地道な歩みを貫いた人に、人生最終の栄冠は輝く。
 反対に、人の前では、いかに格好を繕っても、堅実な努力と精進のない人には、人間としての勝利も、前進もない。表面的な華やかな世界に、偉大な人間性の開花はない。
 とりわけ、信心の世界は峻厳である。いかに表面は華やかに振る舞い、頑張っているように見せても、日々の信心の鍛えなき人は、必ずや悪知識に敗れ、滅んでいく。この事実は、諸君が見聞してきた通りである。
 絶えず自身の信心を磨き、着実な自己研さんと努力の歩みを進める──ここに信仰者としての本来の姿があるといってよい。
 日目上人は、日々の真剣な精進の結実として、池上での問答に見事な勝利を示された。大聖人門下としての誉れであられたにちがいない。
 むろん次元は異なるが、私どもにとって信心の誉れとは、それぞれの立場で、正法の実証を示し、周囲に揺るぎない共感の輪を広げきっていくことにほかならない。
 たとえば芸術部員なら芸術の世界で″やっぱり、あの人は違う。さすがだ″といわれる人に。学術部員やドクター部員も同じである。また、社会人は社会人として、学生は学生として、壮年は壮年として、婦人は婦人として、″さすが信仰者は、本当に素晴らしい″と、人々にいわれることである。
 ともあれ、社会での人気や有名も、自分自身の名聞名利のためのみであっては、広布にはつながらない。常に根底に、尊き仏子を守り、人類の幸福を推進していくのだ、との深い正義の心がなければならない。その透徹した信心こそ肝要なのである。
23  終わりに、諸君の手により、全国で繰り広げられている教学運動も、地道ではあるが、広布のため、未来のために、まことに重要な活動である。これだけの高水準の研究が、これだけの規模で行われたことは、かつてなかったといってよい。本当にうれしいことである。この誉れある運動のますますの進展を、私は心から祈りたい。
 そして、無限の可能性を秘めた諸君が、天空にそびえたつ、嵐にも揺るがぬ使命の「大樹」へと育ちゆくことを念願して、本日のスピーチとさせていただく。

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