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日蓮大聖人・池田大作

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学会創立五十七周年記念合同総会 妙法は「永遠の生命」活かす本源

1987.11.15 スピーチ(1987.7〜)(池田大作全集第69巻)

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21  家康の人物像、また徳川幕府の功罪については、当然、さまざまな評価がある。それはそれとして、家康が死の間際まで、幕府の盤石な基礎固めのために、心を砕きに砕いていたことは事実である。諸大名にくだした十三カ条の制令である「武家諸法度しょはっと」の制定も、死の前年のことであった。
 孫の子育てにまで、細心の注意を払うその姿の中に、徳川十五代二百六十五年間の土台づくりに込められた家康の″創立″の執念をみる思いがする。
 万代の繁栄のためには、後継の人づくりこそ肝要である。また、小事のようであっても、基本の一つ一つを決しておろそかにしてはならない。ゆえに、若き友の育成に全魂で取り組み、″命″を注いでおきたい――これが、今の私の心境である。
 後継の育成を憂慮した家康が、老齢の我が身に鞭打ち、長文の手紙をしたためた心情が、私の胸に響いてきてならない。だからこそ私は、寸暇を惜しみ、青年と対話し、薫陶しながら、言うべきことをきちんと言いのこしているつもりである。
22  若き日の薫陶なくして、時代を動かす逸材となることはできない。偉大な人生には、偉大なる苦労がつきものである。一事をなす人は必ずや、見えないところで、人一倍苦労しているものだ。秀忠の子・国松は、まことに″おそまつ″な生き方しかできなかった。それも、苦労を避け、苦しみから逃げて、労苦という大成への″糧″を、我がものとできなかったからである。
 信心の世界もまた、まったく同じである。大勢に多大な迷惑をかけ、去っていったやからは、みな労苦を避け、自己のエゴの濁流にのまれていった人間である。悲しいことであるが、みな自業自得であるといってよい。
 思えば、かの五老僧も、日興上人が厳然と立たれ、打ち破っておられなければ、大聖人の至尊の教えも、濁流のなかに失われていったにちがいない。
 また、近年の邪信の僧が宗門に残っていたならば、将来の広布にとって、大なる禍根を残してしまっただろう。さらに、山崎某や原島某らが学会にとどまっていたら、純真な会員がどれほど苦しむことになったか。
 いずれにせよ、私どもは信心ですべてに勝ち、乗り越えた。そうした輩は、必ずいつしか清純な信心の世界にはいられなくなり、離れていくものである。ひとつも恐れることはない。
23  家康は、幕府創建にあたり、「小事を大事」としながら、″我が城″を築いていった。
 私どもの運動は、民衆のための、民衆の″天下″を築きゆくものであり、家康とは根本の次元が異なる。が、万代への″広布城″の基礎作りのために、細かな心づかいを重ねつつ、全魂を注いでいくべきは、まったく同じ原理であるといってよい。
 ともあれ、盤石な基盤作りは、人づくりに尽きる。ゆえに私は、百年後、二百年後を目指し、あらゆる手を尽くしながら、後継の青年部、未来部の育成に、一段と力を注ぎ、今後の躍進を期していきたい。
 愛する我が同志、尊き我が同志の皆さま方は、いわば万年にわたる″広宣流布のランナー″である。バトンを受けとる時もあれば、バトンを手渡す時もあろう。ともあれ、走ることをやめてしまえば、もはや″ランナー″とはいえない。走り続けてこそ″ランナー″である。このことを最後に申し上げ、本日のスピーチとさせていただく。

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