Nichiren・Ikeda
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昭和三十四年(八月)
「若き日の日記・下」(池田大作全集第37巻)
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1 八月四日(火) 曇
一日──仙台へ出発。
二日──東北体育大会。
三日──帰京。
東北の拠点、仙台支部の様子をよく知る。
青葉城に遊ぶ、青葉城に立つ。皆で、和歌をつくる。詩の城、曲の城、月の城、草木の城に、思い出多し。
夜、理事会──本部機構、そして組織のなかで、血と汗を流しゆくことだ。冷たい、愚かなる先輩に、怒りを秘す。
2 八月十一日(火) 雨
総本山、夏季講習会より、五時に帰る。本部へ直行。
皆は、そのまま帰宅とのこと。本部を護ることは、全学会を護ることに通ずるのだ。学会を護ることは、総本山を護り、そして、広宣流布を推進することに通ずるからだ。これ大聖人様の御金言を、護りゆくことに通ずると確信。
遅く帰宅。種々、思惟──。
一、七回忌か、十三回忌かに、法悟空の名をもって、約十巻余にわたる『人間革命』を著す決意をする。
幼少のころ、新聞記者になることを決意する。これ「聖教新聞」の発刊で満足。少年のころ、文学者を決意する。これ『人間革命』の著述にして、満足するか。資料等の準備を思考。
「無上宝索、不求自得」と。
二、講習会の内容──
「創価学会の歴史と確信」は「開目抄」のごとく烈々たり。
「折伏小論」もまた、行(実践)の厳格を説けり。
「顕仏未来記」「上野殿御返事」は、全アジアへの広宣流布の宣言と、予言を実感。そして、上野殿の、最高の霊地大石寺を供養せし、不思議を感ずるのみ。
3 八月十二日(水) 雨
涼しき一日であった。
秋よ、早く来い。
中原鹿を争う、政界、社会、日本、世界、そして宗教界。
王道、正道の途上を、強くゆける地涌の人びと。
4 八月三十日(日) 晴
北海道体育大会。札幌市・円山総合グラウンド。
若人たちの純粋と懸命な、マスゲームと力走に拍手送る。との力を踏み台にして、権威をほしいままにする幹部になるものは悪人だ。
戸田先生にお見せしたかった。ただ、それのみが残念。
夜、理事長を中心に会議。
青年を愛することのできぬ、侘しき心の人たちの多きことよ。