Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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「科学と人間」の新しき地平線 サートン『科学史と新ヒューマニズム』

「若き日の読書」「続・若き日の読書」(池田大作全集第23巻)

前後
6  真に科学をリードするもの
 ともあれ、人間精神における科学と歴史の結合をめざすサートンの志は、また不断の精神闘争への決心でもあった。
 「科学史は、迷信と無知の怠け者に対する、また虚言者と偽善者、詐欺者と自欺者に対する、また暗黒と不合理のあらゆる勢力に対する、決して止むことのない長期戦の物語である」
 彼の真理への情熱は「人類の知的団結を破壊する者」への闘争心と一体であった。新ヒューマニズムとは、何より戦うヒューマニズムであった。科学はもとより、「学問」「真理」に生きるすべての人間が模範とすべき態度であろう。
 膨大な主著『科学史序説』はサートンの死によって未完に終わったが、丹念な資料収集にもとづく彼の業績は、二十世紀における、科学と人間をめぐる「止むことのない長期戦」の嚆矢こうしとなった。
 彼の主宰した研究誌『アイシス』が、よき継承者を得て彼の死後も存続している事実は、何よりその象徴であろう。
 科学とは何か、歴史とは何か、そして人間とは‥‥と問い続けたサートンは、まことに「科学史家であることを通して人間を欣求する求道者」(森島恒雄)と呼ぶにふさわしい真率の学究であり、科学の黄金時代の余光を浴びながら、大らかな「全人性」の讃歌を語いあげた戦人であった。
7  私が『科学と宗教』を上梓したのは昭和四十年(一九六五年)のことである。
 同著では、天文・物理・生物・医学など各分野の知見を検証し、科学をリードしてゆく仏法哲理の卓越性を論じた。
 もとより、それは一つの手がかりとして編んだものである。十七世紀のデカルト、パスカルから近年のベルクソン、ニーダムらにいたる幾多の精神的営為が物語るように、「科学と宗教」とは、人類が永遠に問い続けるべきテーマにほかならない。
 恩師戸田先生は、さまざまな宗教を学んだ経験をとおし、非科学的な教義では現代人はとうてい納得しえないと述べ、「科学と相反せず、しかも科学的にして、実験証明のともなう、論理的な宗教こそ最高のものだ」と語っていた。日蓮大聖人の仏法こそ、真に科学をリードし、人間のための科学の曙光を輝かせていく地平となるという確信であった。
 その同じ信念から、私も科学について機会あるごとに発言を重ねてきた。
 アメリカのポーリング博士、ロシアのログノフ博士(モスクワ大学前総長)をはじめ、世界の多くの科学者とも対話を交わしている。ログノフ博士とは、現在、二番目の対談集『科学と宗教』の編纂を進めている最中である。世界の知性と知性、良心と良心を結び、科学の進歩と人類の幸福に貢献できれば──。これが私の真情である。
 恩師はよく「科学が進歩すればするほど、仏法の偉大さが証明されるであろう」と語っておられた。恩師の心とともに、私の生涯はある。

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