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日蓮大聖人・池田大作

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青春の混沌をこえて ゲーテ『若きウェルテルの悩み』

「若き日の読書」「続・若き日の読書」(池田大作全集第23巻)

前後
5  宗教は人間と世界のために
 ゲーテはエッカーマンとの対話のなかで、ある高位の僧が『ヴェルテル』について、ゲーテを説教しようとしたことを回想している。
 ゲーテは一歩もひかず、断固叫ぶ。
 「もし、あのあわれな『ヴェルテル』についてそんなことをいわれるのなら、この世で偉大だとされている人物たちのことを何といわれるおつもりです」
 「彼らは、たった一回の戦争で十万人を戦場へ送り、そのうちの八万人を殺し合いで死なせ、殺人や放火や略奪へと双方を駆りたてております。あなたがたは、こういう暴虐の後で神に感謝を捧げ、讃美歌を歌っていますね」
 「さらに、あなたがたは、地獄の罰の怖ろしさを説教して、ご自分の教区のか弱い人びとを不安におとし入れておられるが、彼らはそのために正気を失い、ついには癩狂院でみじめな生を終えているのですよ」
 思わぬ反撃に遭ったその僧は、まるで「子羊」のようにおとなしくなってしまう。ゲーテは、みずからはつねに正義であると言いはる、宗教の権力の横暴を許すことはできなかったのである。
 「制度」と化した当時の宗教に対し、彼は容赦なく弾劾する。
 「教会は支配することをのぞんでいるのだから、平身低頭し、支配されてよろこんでいる愚昧な大衆が必要なのさ。(中略)下層階級が目覚めることを何よりもおそれている」と。
 ゲーテは、宗教自体を否定したわけではない。ただ、狭い宗旨にとらわれることは、決してなかった。あくまでも宗教は「世界の益」のため「人間の益」のためであるというのが、彼の信条であったといってよい。
 人間こそ最高の尊厳の存在である。その人間をおとしめ、縛るものはいっさいが悪である。──これこそ、ゲーテが生涯つらぬいた信念の道であった。
6  世界市民よ育て
 ゲーテの生きた時代は、ヨーロッパの一大激動期であった。大革命を経たフランスではナポレオンが皇帝につき、全ヨーロッパを版図に収めようとしていた。一八〇六年には、九百年近くも続いた神聖ローマ帝国が崩壊している。新時代への動きは、ヨーロッパだけに限られたものではなかった。
 ゲーテは「たいへん得をした」と語る。なぜなら、「最大の世界史的事件が、まるで日程にのぼったかのように起り、それが長い生涯を通じて起りつづける時代に生れあわせたからだ」と。そして、ゲーテは次のような事件をあげる。
  ・ 七年戦争(一七五六年〜六三年)
  ・ アメリカの独立(一七七六年)
  ・ フランス革命(一七八九年)
  ・ ナポレオン時代とそれに続く事件
7  ゲーテは、「生き証人」として、この時代を生き、描いていった。彼は詩人の鋭敏なる感性で、「時代」を的確にとらえていた。
 百七十年余りまえ、彼はすでに、「世界市民」との言葉を使っている。激動の時代を目のあたりにした文豪が、心から待望したもの──それは、民族的な先入見や震を乗り越えた「人間」の登場であった。
 二十一世紀を目前にして、世界はいっそう緊密に結ばれていくことだろう。しかし、真実の平和を実現する決定打は、自身の「心の束縛」を断ち切った「世界市民」が陸続と育ちゆくことにちがいない。

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