Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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人間共和の旗を掲げて ホール・ケイン『永遠の都』

「若き日の読書」「続・若き日の読書」(池田大作全集第23巻)

前後
7  三十年の歳月はあらゆるものを改新した。当時かなり珍らしくまた革新的だと思つた、この書中に説いてある事も、今日では頗る平凡な事、殆んど尋常な事になってしまった。否、今日ではこの書中に暗にほのめかされて居る事物も、多くは事実となって居て、それよりも遥かに痛烈な事が往々主張されて居る。併しこの書は小説である。決して主張をのべたものではない。而も今日の階級的意識を強調する小説とは全然異ったものである。どこまでも面白味を主とした小説である。
8  訳者は昭和五年の序文に、こう書いている。決して危険な革命思想ではない、面白さを主とした大衆小説であると、わざわざ断っているのである。
 当時、満三十歳になったばかりの戸田青年は、この小説を初めて読んだとき、どのような思いを抱いたのであろうか。──宗教革命に一身を捧げる以上、あるいは将来、牢につながれる運命に遭うかもしれない。嵐のような弾圧も、覚悟のうえで進む以外にない。──そのような決意を固められた際には、おそらく恩師の脳裡にロッシやブルーノの姿がよぎったこともあろう。
 はたして戸田先生は、師と仰ぐ牧口初代会長とともに、軍国主義政府によって囚われの身となった。その獄中における生活は、今なお語りつがれるほどの苛酷さである。拘置所の門をくぐった者には、転向か、拷問か、さもなくば栄養失調による獄死が待っていた。
 日ごろ仏法の何たるかを語りあってきた同志が、退転して一人去り、二人去る姿を見て、戸田先生の心中は、言いしれぬ寂しさに沈んだことであろう。二年近い獄中生活ののち、牢から出てきたときには、創価教育学会は壊滅状態にあった。
 戦後、ただ一人荒野に立ち、民衆救済の無血革命を誓った恩師の雄姿を思うとき、今でも私は、ロッシに思いを馳せ、ブルーノの同志愛に心を運ぶのである。

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