Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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ノーベルの遺産  

「私の人物観」(池田大作全集第21巻)

前後
7  新たなる世紀の開幕まで数年を残すのみとなった一八九五年の暮れ――「魂の遺言」がしたためられた。
 彼には巨大な遺産があった。それで基金をつくり、その利子で毎年、人類に尽くした人びとに賞金として与えるのである。物理学、化学、生理学、医学上の重要な発見、思想的文学への寄与、そして世界平和への努力、それらに賞を与える。「この賞金は、国籍を問わず授与することとし、スカンジナピア人であろうと、外国人であろうと、最も立派な資格のあるものに授与してもらいたい」これが遺書の概要であった。
 科学技術文明との格闘に、壮絶なる人生を歩んだ生命の絶叫である。己の創り出したものの大きさに恐れおののきながら、その平和利用へ泥まみれになって奔走しつつ、大きな絶望と、かすかではあるが人類の前途への確かな光明を確かめておこうと、彼は祈るような気持ちで逝ったにちがいない。否、そのような気持ちをいだかなければ彼は救われなかったともいえる。
8  いまだ世界は動乱の巷である。バラ色の平和の芽は発見できそうにない。しかし、人類は闇のなかに滅びてはならない。
 平和への、正しい技術の発達への、そして詩情豊かな精神への星光を美しく輝かせつづけていかねばならない。――苦闘の生涯を終えるにあたって、一通の遺書に託したノーベルの魂が、後継の友を呼んだ。
 ノーベルの業績は、彼の生存中になした発明の数々もさることながら、その死後にノーべル賞として残された功績のほうが、世に知られているようである。
 しかしそれが、特定の個人の業績をたたえる賞として終わったり、平和とは反対の方向へ進む風潮への歯止めにならなかったなら、その意味は失われるであろう。
 一人の科学者の遺産が、人類の醜悪な抗争を防ぎ、平和努力を促す精神的遺産として、一部の人にとどまらず、すべての人びとの心に生きたとき――その悲願は達成されるにちがいない。
 ともあれ、科学技術の進展が世界平和と結びつかない現代社会をみて、ノーベルは自らの宿業に、深い悲しみの曲を聞いているのでは・なかろうか。

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