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日蓮大聖人・池田大作

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民衆の大地に根差して  

「大いなる魂の詩」チンギス・アイトマートフ(池田大作全集第15巻)

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9  アイトマートフ かなりの程度において、そう言えると思います。
 私がいつも腹立たしく思うのは、私の記憶しているかぎり、過去においても現在においても、民衆や社会の上に立っている人間は、多くの場合、うぬぼれる理由は何もないのに、ひどくうぬぼれの強い人間だ、ということです。
 私たちが「ペレストロイカ」と呼んでいるものは、避けることのできない歴史的過程であり、みずからの生活をより良く、より完全に、より自由にする可能性をもつものとして民衆に受けとめられた運動です。つまり、党の指導を離れて、法治と議会主義をめざしたわけです。
 どうして私がそのように思うかと言えば、それは「すべての権力をソビエトヘ!」というスローガンのもとに生まれたからです。民衆は自分たちが「管理」されることを望んでいませんし、だれかが自分たちの本当の意見を考慮せずに、自分たちの名を使って決定することをまったく望んでいません。
 ぺレストロイカの過程に危険があるとすれば、私は、それは、またもや民衆が何を望んでいるかを知っているとうぬぼれる、さまざまな集団の権力争いにあると思っています。その権力争いにより、人々の間に敵対関係の挑発が行われ、皆がそれぞれのリーダーのアピールや公約に心を奪われて、お互いに相手の言うことを聞かなくなるし、聞こうとしなくなります。
 たしかに、民衆は民衆であるかぎり賢明です。しかし、群衆と化した人々の無分別の暴動以上に怖いものはありません。プーシキンはすでにそのことを知っていて、「ロシアに斧をとれとよびかけよ」というチェルヌィシェフスキー流のアピールが現れることをはからずも警告し、その危険性を指摘していました。
 民主主義の経験はわが国においてはわずかなものですが、民主主義は忍耐です。
 愚民政治は集会の熱狂です。
 私は深く信じていますが、この真理は絶えず繰り返し訴える必要があります。
 それは、ありふれたことだから、だれもそれを当然のこととして知っているはずだなどと思ってはなりません。残念ながら、決してそうではないのです。だから、時折、秩序をもたらす「強い手」が必要だというようなひそひそ話が聞こえてくるのです。しかし私たちはすでにその「強い手」がどんなものかを身にしみて知ったはずです。スターリン的異端審問の傷痕はまだ生々しいではありませんか。愚か者は自分の過ちに学び、賢人は他人の過ちに学ぶ、というビスマルクの前述の言葉を思い起こすまでもありません。
 それはさておき、ペレストロイカの中心課題の一つは、民衆の社会的尊厳を取り戻すことです。だれかがそれをやってくれるなどと思ってはなりません。それは民衆自身が理解すべきことです。
 もちろん、人々をそのために自覚させる仕事を党の権威のために、党の「指導的」役割を獲得するために努力している者たちがやっていたら、素晴らしかったと思います。その人たちがみずからを何と呼んでいたかは問題ではありません。民衆は、他人が自分を欺くことを許してはなりません。自分の運命を当座の「感じのいい」、あるいは、より望ましい「指導者たち」にゆだねることによって、みずから進んで欺かれるようなことをしてはなりません。
10  池田 権力者は、民衆の“魂”が目覚めることを恐れます。十年一日のごとくに眠りこけ、動かぬことを望みます。また、民衆も目覚めの権利を放擲し、すべてを権力者にゆだねる習性がついてしまう。
 しかし、ひとたびその呪縛が解けるや、民衆の“魂”は活発に、ときには支離滅裂なまでに動き始めます。フランスの歴史家トクヴィルも言うように「民主主義時代には、あらゆるものの動きのうちでも、めだって動いているものが、人間の心である」(『アメリカの民主政治』井伊玄太郎訳、講談社学術文庫)からです。その動きは、いたってダイナミックにして、かつ多彩な振幅を見せ、それゆえ民衆が“賢にして愚、愚にして賢”といった矛盾的様相を呈することもまれではありません。歴史的に民主主義の伝統が希薄な社会にあっては、とくにそのことが言えるでしょう。ソ連にも、このことは当てはまると思います。
 そこで大事になってくるのは、民衆の成熟度です。突如、降ってわいた「自由」の約束手形を、いかに使いこなすか。それはひとえに、自主と自律を二つながらに兼ね備えた民度にかかっている。これは今後、ますますソ連社会の重要な課題になってくるでしょう。
 アイトマートフ 私は、レーリヒが人生の意味を定義して、「生きることは、より良く生きること、より良くなること」と言った言葉に人々が耳をかたむけてほしいと思います。
 そこに私はペレストロイカが構想された時の決定的な課題と目的があると確信しています。
 池田 人はただ生きるだけでなく、より良く生きねばならない――。これはまさに、ソクラテス的課題ですね。
 芥川龍之介
 一八九二年―一九二七年。小説家。
 アナルコ・サンディカリズム
 労働者の直接行動によって解放、社会革命を図る、無政府主義の影響を受けた理念と運動。
 吉川英治
 一八九二年―一九六二年。小説家。
 梵天
 大梵天王。仏法守護の神。
 龍樹
 ナーガールジュナ。大乗仏教の「空」思想を哲学的に基礎づけ、後世の仏教思想に多大な影響を与えた。
 ジェルジンスキー
 一八七七年―一九二六年。KGB初代長官。
 プーシキン
 一七九九年―一八三七年。ロシアの詩人、小説家。ロシアの国民文学を確立。
 チェルヌィシェフスキー
 一八二八年―八九年。ロシアの革命的民主主義者、唯物論哲学者、経済学者。
 トクヴィル
 一八〇五年―五九年。
 レーリヒ
 一八七四年―一九四七年。旧ソ連の画家、思想家、探検家。

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