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日蓮大聖人・池田大作

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文学への初志  

「大いなる魂の詩」チンギス・アイトマートフ(池田大作全集第15巻)

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11  最後に、青少年向きの戦争のテーマ、戦争の本についてひとこと言わせてください。イデオロギー化された社会では、本は、他の何にもまして、まず第一に、若い世代を国家間戦争のために養成する事業に奉仕させられます。私は自分の経験でそれを知っています。
 私の幼年時代、少年時代は第二次世界大戦の時代と一致していました。その戦争が終わってかなりの年月が経ってからですが、私は、私たちの未熟な意識の中に軍国主義的思想が、つまり自分の命を軍事的要求に無条件に捧げねばならないという思想が、明確な目的のもとに、いかに集中的に、いかに効果的に植えつけられていったかを、しかもそれがすべて当時の子どものための本を通じて行われたことを理解するようになりました。自分を戦争の犠牲に捧げることが、文学作品によって高度に愛国的な英雄的行為として称賛されたのでした。
 私とあなたとは年が同じです。おそらく、あなたも、やはり当時の超軍国主義国家日本によって、青少年向けの図書が同じように利用された時のことを思い出すことができるのではないかと思います。というのは、私の知るかぎり、日本でも、戦争の英雄化と詩的賛美が「不滅の」高みまで達していたからです。
 時折、私は想像してみることがあります。万歳を叫んで戦争で死んでいった兵士たちがもしもよみがえることができて、その兵士たちに、もう一度、戦死するために戦闘に突入する覚悟がありますか、と尋ねてみたらどうだろうか、と。
 なぜか私は、その兵士たちをだれが、どんなに鼓舞し、説得しようと、どんな論拠を示そうと、戦場にふたたび赴くという兵士はどちらの側にも一人もいないだろうという気がします。それをさせられるのは、つまり前後の見境なく突進させることができるのは、人間の自我が芽生え形成され始める初期の時代に限られます。だからこそ、イデオロギーは、人間の魂をできるだけ早く、できることなら幼年期からとらえようとするのです。私たちの全体主義の時代もそうでした。
 戦争に関して私たちの書物は普通、英雄性、勝利、自己犠牲という偏った側面からしか語ってきませんでした。しかもこのような小説の主人公は戦争の本質について独自の視点や自分らしい感情をもったり、もとうとして葛藤することはないのです。
 言葉を換えて言えば、人格としての個人は、なんらの歴史的意味をもちえないということになります。戦争文学におけるこのような人間観は、つい最近まで何の疑いももたれずに確固たる評価を得つづけてきました。
 私自身も自分の創作の過程でそのような力と衝突しました。私の最初の中編小説『面と向かって』は、外国の翻訳では現在『脱走兵の妻』という題になっているものですが、その小説は発表後三十年経った現在、新しい一章が書き加えられました。それは脱走兵とその家族の運命を、脱走兵の行為の心理的分析の面から見直したもので、以前はイデオロギー上の理由で果たせなかったものでした。
 啓蒙思想
 十六世紀末に起こり十八世紀に全盛となった、理性を重視し、合理的思惟にもとづいて進歩を図る思想。
 階級理論
 社会的身分を被支配階級である労働者と支配階級の資本家に分ける理論。労働者は資本家を階級闘争による革命によって打倒し、社会主義の実現をめざす。
 ユーリー・オレーシャ
 一八九九年―一九六〇年。
12  池田 あなたの作品については、別稿で話題にするつもりですが、『脱走兵の妻』は、日本語では『セイデの嘆き』として出版されました。私も、数十万人の人々を対象にしたある会合でのスピーチ(=第四十三回本部幹部会。一九九一年六月一日)で、その内容を詳しく紹介したところ、たいへんな反響でした。とくに、婦人の方々からは、女性のもつ「一途さ」「悲しみ」「強さ」に涙を禁じえなかった、といった声が数多く寄せられました。
 実際、平和といえばこれほど平和な時もないと言えなくもない現代の日本で、一人の女性のあのような勁烈な生きざまが強い感動を呼ぶということ自体、私にとっても喜びであり、ちょっとした驚きでもありました。
 『セイデの嘆き』にかぎらず、最近日本で出版された『母なる大地』にしても、ある意味では『チンギス・ハンの白い雲』にしても、あなたの作品に一貫して通底しているものは、昨年(一九九〇年)の夏、日本で我々が語り合った「母の力」と「権力」との対峙という問題ですね。
 そこに登場してくる母たち、妻たちは、決して声高に、あるいは観念的に、戦争反対を唱えたりはしていません。
 皆がそれぞれの境遇で、戦争というさまざまな矛盾をはらんだ巨悪を全身で受けとめ、精いっぱい生きぬいている。そのために、生活に即した彼女たちの魂の叫びは、戦争というものを美化しようとするあらゆる言葉の外皮をはぎとって、その醜い本質をえぐりだす力を秘めていると言ってよいのです。
13  そうした「女性」の目は「生活」の目であり「現実」の目、「人間」の目であるとも言えます。「人間」のよって立つ「生活」や「現実」が、空疎で声高なスローガンのもとに、どんなに脅かされ、踏みにじられてきたことか――人類史を振り返ってみると、その迷妄ぶりにそら恐ろしくなるほどです。
 私は“プロクルステスのベッド”を思い浮かべます。古代ギリシャの伝説的強盗プロクルステスは、旅人をおびき寄せて捕らえ、特殊なベッドに縛りつけ、背丈が長いときはベッドの長さに合わせて手足を切断し、短いときには強引に引き伸ばしたといいます。
 すべてにわたって「人間」が「ベッド」の寸法に合わせて切断されゆくさまは、イデオロギーやスローガンの名のもとに「生活」や「現実」「人間」が裁断され、犠牲にされゆく様子を彷彿させます。二十世紀は「戦争と革命の世紀」と言われますが、対独戦争やスターリニズムの嵐の中で膨大な犠牲者を出したソ連ほど、この世紀の悲劇的運命の荒波にさらされた国民もないと思います。
 もとより、太平洋戦争の惨禍を招いた日本も、例外ではありませんが、いずれにせよ、人類の歴史に宿命のようにまとわりついている“プロクルステスのベッド”という本末転倒は、何としても正していかなければならない。そこに、“人間主義”の復活という私どもの共同作業の意義があります。

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