Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第29巻 「清新」 清新

小説「新・人間革命」

前後
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 山本伸一は、集った九州の同志に、広宣流布に生き抜いていくためにも健康と長寿の人生であってほしいと念願し、それ自体が仏法の真実を証明することにもなると力説した。
 さらに、リーダーは、「皆が使命の人である」との認識に立って、人材の育成にあたってもらいたいと要望し、こう話を結んだ。
 「どこまでも信心第一で仲良く前進していることが、和合の縮図です。仲の良い組織は人びとを元気にします。皆に力を湧かせる源泉となります。世間は、嫉妬や憎悪、不信が渦巻いています。だからこそ私たちは、和気あいあいとした、信頼と尊敬と励ましの人間組織を創り、その麗しい連帯を社会に広げていこうではありませんか!
 この二月も、また、この一年も、苦楽をともにしながら、私と一緒に、新しい歴史を刻んでいきましょう!」
 大きな拍手が轟いた。外は雪が降り続いていた。しかし、会場は新出発の息吹が燃え盛り、熱気で窓は曇った。
 ここで、「東洋広布の歌」の大合唱となった。九州の同志は、いや、全学会員が、「東洋広布は 我等の手で」と、この歌を高らかに歌いながら広宣流布に邁進してきたのだ。
 東洋広布を担おうと、アジアに雄飛していった人もいたが、大多数の同志の活躍の舞台は、わが町、わが村、わが集落であった。
 地を這うようにして、ここを東洋広布の先駆けと模範の天地にしようと、一軒一軒、友の家々を訪ねては、仏法対話を交わし、幸せの案内人となってきた。
 創価の同志は、地域に根を張りながら、東洋の民の安穏を祈り、世界の平和を祈り、その一念は地球をも包んできたのだ。
 そして、伸一が海外を訪問するたびに、大成功を祈って唱題を重ねた。一方、伸一は、皆の祈りを生命に感じながら、“全同志を代表して平和の道を開くのだ!”との思いで全精魂を注ぎ、走り抜いてきたのである。
 この師弟不二の心意気が、東洋、世界への広宣流布の未聞の流れを開いてきたのだ。
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 「東洋広布の歌」に続いて、インド訪問団の壮途を祝して、インド国歌「ジャナ・ガナ・マナ」(インドの朝)が合唱団によって披露された。
 この歌は、詩聖タゴールが作詞・作曲し、イギリスによる植民地支配の闇を破り、独立の新しい朝を迎えた、インドの不屈なる魂の勝利を歌ったものだ。独立後の一九五〇年(昭和二十五年)に、インド共和国の国歌として採用されている。
 合唱が始まった。荘重な歌であった。
 きみこそ インドの運命担う 心の支配者。
 きみの名は 眠れる国の 心をめざます。
 ヒマラヤの 山にこだまし ガンジス川は歌う。
 きみのさち祝い きみをたたえて歌う 救えよ わが国。(中略)
 きみに 勝利、勝利、勝利、勝利、勝利、きみに。(高田三九三訳詞)
 山本伸一は言った。
 「いい歌だね。私たちも、この心意気でいこうよ! 『きみこそ 学会の運命担う 心の支配者』だよ。私たちは人類の柱であり、眼目であり、大船じゃないか。まさに、『眠れる世界の心をめざます』使命がある。
 『きみに 勝利、勝利、勝利……』だ!
 何があろうが、勇敢に、堂々と、わが正義の道を、わが信念の道を、魂の自由の道を、人類平和の道を進もうじゃないか!」
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 「インド独立の父」「マハトマ」(偉大な魂)と仰がれ、慕われたガンジーは、インド国歌が制定される二年前の一九四八年(昭和二十三年)一月三十日に暗殺され、世を去っている。しかし、大国の横暴と圧政に抗して、非暴力、不服従を貫き、独立を勝ち取った魂は、国歌とともに、インドの人びとの心に脈打ち続けるにちがいない。
 インド初代首相のネルーは、ガンジーの希望は「あらゆる人の目からいっさいの涙をぬぐい去ることであった」(坂本徳松著『ガンジー』旺文社)と語っている。
 それは、この世から悲惨の二字をなくすと宣言した、恩師・戸田城聖の心でもあり、また、山本伸一の決意でもあった。
 伸一は、戸田が逝去直前、病床にあって語った言葉が忘れられなかった。
 「伸一、世界が相手だ。君の本当の舞台は世界だよ」「生きろ。うんと生きるんだぞ。そして、世界に征くんだ」
 この遺言を心に刻み、彼は第三代会長として立った。会長就任式が行われた六〇年(同三十五年)五月三日、会場となった日大講堂には戸田の遺影が掲げられ、向かって右側には、戸田の和歌が墨痕鮮やかに大書されていた。
 「いざ往かん 月氏の果まで 妙法を
    拡むる旅に 心勇みて」
 会員七十五万世帯の達成へ本格的な弘教の火ぶたを切った五二年(同二十七年)正月の歌である。伸一は、広宣流布への師の一念を生命に刻印する思いで遺影に誓った。
 “生死を超えて、月氏の果てまで、世界広布の旅路を征きます”
 今、その会長就任から二十年目となる五月三日が近づきつつあった。恩師が詠んだ、あの月氏の大地にも、多くの若き地涌の菩薩が誕生している。
 伸一は、インドに思いを馳せた。
 ──悠久なるガンジスの川面に、「七つの鐘」が鳴り響き、新しき時の到来を告げる清新の風が吹き渡ってゆく。そして、燦然と燃え輝く仏法西還の勝利の太陽が、彼の瞼いっぱいに広がった。

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