Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

第19巻 「凱歌」 凱歌

小説「新・人間革命」

前後
48  凱歌(48)
 宗教裁判所では、キリスト教のカトリック以外の教えを信ずる異教徒や、異端と見なされた人たちは、厳しく審問され、拷問を受けた。
 「宗教裁判所博物館」では、当時の拷問の模様が、蝋人形を使って生々しく再現されていた。
 山本伸一は、同行のメンバーに尋ねた。
 「みんなは、これを見て、どう思うかい」
 国際本部の事務総長であり、学生部長でもある田原薫が答えた。
 「イエスがその生涯を通して示したものは、人類愛でした。
 ところが、その教えを実践するはずのキリスト教会が、異教徒に対して残酷極まりない拷問や処刑を重ねたことは、最大の矛盾だと思います。驚愕と憤りを感じます」
 伸一は、頷きながら言った。
 「本当にそうだ。
 しかし、人間の救済を掲げてスタートした宗教が、やがて異教徒を迫害、弾圧したり、宗教同士が戦争を引き起こしているのが、残念ながら人類の歴史といえる。
 本来、宗教は人間のためのものだ。ところが、その原点を忘れ、宗教のための宗教や、権威・権力のための宗教になってしまえば、宗教が人間を抑圧するという本末転倒が起こってしまう。
 人類の未来を考えるなら、宗教差別や宗教戦争を根絶していくために、人間という原点に立ち返って、宗教間、文明間の対話を展開していくことが、何よりも重要な課題になる。
 その突破口を開いていくのが、仏法者としての私の使命であると思っている。仏法の本義は、一言すれば、人間宗ともいうべき、人間生命の尊重の思想だからだよ」
 伸一の言葉には、なみなみならぬ決意があふれていた。
 「宗教の名において、人間が抑圧されたり、尊い血を流す。そんなことは、絶対にあってはならない。
 ユダヤ教も、キリスト教も、イスラム教も、また、ヒンズー教も、人びとを幸福にするために生まれたものであるはずだからだ」
 インドの初代首相のネルーは叫んだ。
 「宗教を理由に人を抑圧するものとは、それが、たとえ誰であろうとも、私は命の続く限り戦い続ける」
49  凱歌(49)
 宗教紛争には、長い歴史がある。根深い憎悪や怨恨があり、一筋縄ではいかないかもしれない。しかし、憎み合い、人を殺し合っていれば、憎悪はますます深まり、その連鎖は果てしなく続く。
 未来のために、これから生まれてくる人たちのために、そんな連鎖は、絶対に断ち切らねばならない。憎悪を友情に、反目を理解に変えるのだ。
 人間は皆、平和を求めているのだ。
 ゆえに、互いに一念を転換し、勇気の対話に踏み出すのだ。自身の心に巣くう、不信と憎悪と恐怖を打ち破るのだ。
 山本伸一は、同行のメンバーに強い決意を込めて語った。
 「宗教間の紛争もそうだが、国家間の争いや、イデオロギーの対立をどう超えるかも、原理は同じだ。
 人間という根源に立って対話し、粘り強く、人間の心と心を結んでいく以外に解決の道はない。
 そこに、真実の平和の道、立正安国の道、人間の勝利の道があることを、私は生涯をかけて示していく覚悟だ」
     
 山本伸一たちがリマの空港に着くと、送迎デッキは、伸一を見送ろうという千五百人ほどのメンバーであふれていた。
 伸一と峯子は、皆に大きく手を振った。
 理事長のセイケン・キシベは、目を潤ませながら語った。
 「先生、ありがとうございました。今回の先生のご訪問で、みんなの心に、忘れ得ぬ永遠の信心の原点が刻まれました。
 ペルーは仲良く、大前進してまいります」
 伸一はキシベと、何度も何度も抱擁し合った。
 彼が峯子と共にタラップを上ると、一段と激しく拍手が高鳴り、天空に歓声が舞った。
 伸一たちが機中の人となり、飛行機が動き出しても、皆、手を振り続けていた。伸一も、窓に顔を押しつけるようにして盛んに手を振りながら、心で唱題していた。
 彼は、皆に、幾度となく、「私は、どこにあっても、皆さんにお題目を送り続けてまいります」と語っていた。その約束通りの行動が、もう始まっていたのだ。信義の人とは、行動の人である。
 やがて、飛行機は離陸し、空高く上昇していった。新しき、希望の明日に向かって。

1
48