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日蓮大聖人・池田大作

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生と死 生きるって素晴らしい! この「今」を一分も無駄に使うな

「青春対話」(池田大作全集第64巻)

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29  「死んでみないとわからない」?
 ―― たしかに、よく「死後の生命と言っても、証明できないし、死んでみないとわからないじゃないか」と言う人がいます。
 池田 死んでみないとわからない――その通りだ。しかし、死んでみて「あ、やっぱり仏法は正しかった」とわかったら、どうするか。それから頑張ろうと思っても、もう遅い。
 ―― 手遅れです。
 一方、万々が一、「死後は無」だったとしても、仏道修行で自分を磨き、人生を充実させたことは、無駄にはなりませんね。どっちにころんでも、損はない。「賭け」に譬えれば、こんな有利な賭けはありません。
 池田 仏法は絶対に間違いないのです。「科学的に証明できない」と言っても、科学は万能ではない。とくに、近代の自然科学は、五感の働きを拡大して探究できる分野は得意だが、そうでない分野は探究する術をもっていない。
 ―― 「死後」については、探究する方法をもっていないんですね。
 池田 だから、いちばん正しい科学的態度は、「わからないことについては断定しない」ということではないだろうか。
 ゲーテや、トルストイも、そう言っている。ガンジーも、そう言っている。
 科学には、死後について、ないとか、あるとか発言する資格がないのです。
 ―― 資格がないのに「死後は無い」と主張するところに、傲慢があるし、誤りがあるわけですね。
30  大量死メガ・デスの20世紀から生命尊厳の21世へ!
 池田 非常に大きな過ちが、そこにある。「科学の世紀」である二十世紀ほど、人々が「死」を見つめることを避けて、「生」の欲望に走った時代もない。
 「死を忘れた世紀」が、その結果、二回の世界大戦や核兵器など「メガ・デス(大量死)の世紀」になったことは偶然ではないと私は思う。
 ″死後は無であり、人間は物質の固まりにすぎない″という生死観からは、「生命の尊厳」の根拠は生まれてこないからです。
 だからこそ、諸君は二十一世紀を、断じて「平和の世紀」とするために、「生命の尊厳」の哲学を学び、広げていってほしいのです。正しき生死観を学び、実践し、一日一日を「かけがえのない宝」として大切にして生きてほしい。
 そして、この一生で、何百年分もの価値を創り、永遠に輝きわたるような「不滅の人生」を築き上げてほしいのです。

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