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日蓮大聖人・池田大作

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5・3祝賀最高代表協議会  

2009.4.28 スピーチ(聖教新聞2009年下)

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1  きょうは、栄光の5月3日「創価学会の日」「創価学会母の日」を祝賀する最高代表協議会である。
  天 高く
    五月三日を
      皆様と
    祝賀の集い
      なんと嬉しや
 本当に、おめでとう! 本年も「5・3」を大勝利で、最高に晴れやかに迎えることができる。すべて、尊き全同志の奮闘のおかげである。
 日本をはじめ世界中から祝電が続々と届いている。「創価学会、万歳!」「わが同志、万歳!」と、誇り高く叫びたい。
2  平和こそ使命
 4月28日は「立宗宣言」の日である。
 建長5年(1253年)のこの日。
 日蓮大聖人の太陽の大仏法が、全世界を照らし始めた。
 御聖訓には、妙法の題目の偉大な力について、譬えをとって、「太陽が東方の空に昇られたならば、南閻浮提(=世界)の空は皆、明るくなる。太陽が大光を備えておられるからである」(御書883㌻、通解)と仰せである。
 大聖人が、ただ御一人、唱え出された「南無妙法蓮華経」の題目は、750年余の時を超え、創価の三代の師弟によって192カ国・地域へ弘まった。
 今や、全地球を包み、未来を照らしゆく大音声の広がりとなっている。
 わが創価学会は、立宗の御心のままに広宣流布を遂行し、創立80周年へ前進している。
 梵天・帝釈も来下して祝賀するかのごとき、その晴れ姿は、皆様が、よくご存じの通りである。
  あな嬉し
    創価の使命は
      広布なり
    全人類の
      平和なるかな
 この誉れの使命の道を、まっすぐに進んでまいりたい。
3  学会は、すべてに勝ちました!
 今日の隆々たる大発展を、ともに築き上げてくださった全同志の皆様に最敬礼し、心から御礼申し上げたい。
 5月3日を祝し、大変に多くの方々が、学会本部にお越しくださっていることも感謝に堪えません。
 「皆が大勝利を! 皆が幸福に!」と祈りつつ、記念のスピーチをとどめさせていただきたい。
4  一歩前に出よ
 本年1月、私は全同志を代表して、中央アジアのウズベキスタン共和国の名門「ウズベキスタン国立芸術大学」から名誉教授の称号を拝受した。
 このウズベキスタンで敬愛されている、10世紀から11世紀に活躍した大学者イブン・シーナー(アヴィセンナ)は語っている。
 「はつらつとした人のもとでは、すべてが活気に溢れている。快活さこそ、心身を清らかにする」
 千年にわたって、人類融合のシルクロードの天地で語り継がれてきた“英知の言葉”である。
 リーダーは、いついかなる時も、はつらつと、明るく、生き生きと前進することだ。
 一歩前に出るのだ。張り切って! 胸を張って! そうすれば、新たな力がわく。
 リーダーの生命の勢いが、縁する人々にも希望を贈る。そこから勝利への活力が広がるのである。
5  「太陽の心」で!
 今、結成55周年の音楽隊、また鼓笛隊の友も、全国各地のパレードなどで活躍してくれている。
 寒風の日も、炎熱の日も、ただ広宣流のために、尊き使命に徹する若き友に感謝を込めて、音楽の大英雄ベートーベンが作曲した歌曲の一節を贈りたい。
 「太陽は昇り、輝き、彼方より笑いかけ/勇士のように、その軌道を歩みゆく」(高橋浩子訳「ゲレルトによる6つの歌」、『ベートーヴェン全集 第6巻別冊』所収、講談社)
 ともあれ、私たちは宿福深厚なるがゆえに、太陽の大仏法に巡りあうことができた。
 題目をあげると、生命に“太陽の光”が差してくる。大きな前途が開かれていく。
 だからこそ、ともどもに、一日また一日、太陽の心で、妙法を朗々と唱えながら、生きて生きて生き抜いていきたい。
 昇りゆく朝日のごとく、勢いよく勇敢に、常楽我浄の生命の軌道を、前へ前へ進んでまいりたい。
 特に“太陽の乙女”の集いの意義を持った「広布第2幕 池田華陽会」の女子部の皆様は、健康で、朗らかな青春であっていただきたい。
 さわやかな歌声を響かせながら、幸福と友情のスクラムを広げゆくことを、私は妻とともに祈っている。
6  永遠の幸福の道
 わが人生を、思う存分、信心の力で生きていただきたい。
 何のために生きるのか。幸福になるためである。
 では、幸福とは何か。その答えは複雑であり、難しい。
 健康で長生きする人や、お金に不自由しない人もいる。それはそれで満足の人生のようであるが、今世一回限りのことである。
 しかし、生命は永遠である。信心を持った人は、無量百千万億回、生まれてくるたびに、絶対的幸福を味わえる。天地雲泥の違いなのである。
 南無妙法蓮華経は大宇宙の法則であり、久遠元初の秘法である。それを唱え広めゆく功徳は計りしれない。
 だからこそ、広布のために、晴れ晴れと戦い、堂々と勝とうと申し上げたいのだ。
7  大聖人は、すべての女性の幸福を願う大慈大悲ゆえに、立宗を宣言された。
 千日尼への有名な御聖訓には仰せである。
 「ただ法華経だけが女人成仏の経であり、悲母の恩を報じる真実の『報恩の経』であると見きわめました。
 そこで(私は)悲母の恩を報じるために、この経の題目を一切の女人に唱えさせようと願ったのです」(御書1311㌻、通解)
 わが創価の母たちの微笑み光る、世界一の「平和」と「歓喜」の大行進を、大聖人は、どれほどお喜びくださることか。
  偉大なる
    広布の学会
      築きたる
    東奔西走
      皆様 仏か
 ここで、尊き婦人部の新出発をあらためて祝福し、皆で大拍手を送りたい。
8  非暴力の勇者マハトマ・ガンジーが、日々の祈りに仏教を取り入れ、「南無妙法蓮華経」と唱えていたことは有名である。
 そのガンジーが、現状の行き詰まりを打開し、新たな歴史の道を開く力として、深く信頼していたのも、女性であった。
 この点について、私は、ガンジー直系の大哲学者であるN・ラダクリシュナン博士と語り合った。〈インド国立ガンジー記念館前館長の博士と名誉会長は対談集『人道の世紀へ』(第三文明社)を刊行している〉
 博士は強調された。
 「ガンジーにとって国の豊かさとは、豪華な建物でもなく、兵器などでもなかった。
 生命を慈しみ育む女性こそ、大いなる宝でした。女性を大切にできない国家に、未来はありません。
 ガンジーは知っていました。女性を信じれば、未来が安泰であることを! 人々を差別から解放し、すべての人々の平等を実現するには、女性への尊敬が必要であることを!」
 全く同感である。
 学会も、これまで以上に、婦人部・女子部を尊敬していくべきである。
 創価の女性に存分に力を発揮してもらえるよう、男性は心を配り、厳然と支えていくことだ。そこに、リーダーの責任がある。
 威張るのは、力がない証拠だ。
 同志に対しては、どこまでも優しく接していく。それがリーダーの哲学でなければならない。
 友の苦しみを取り除きたい!
9  現在、私が進めている、国連の前事務次長のチョウドリ博士との対談でも、まさに女性の力が大きな焦点となっている。
 〈「新しき地球社会の創造へ」と題し、月刊誌「潮」で連載中〉
 博士は、国連での自身の経験を踏まえながら洞察されている。
 「男性より女性のほうが、社会のため、そして現在と未来の世代のために何が最善なのか、ずっと深く心を砕いています。その意味では、女性こそ『あらゆる社会の土台』なのです。女性こそが『社会を一つにまとめる要の存在』なのです」
 博士は、さらに、こう述べている。
 「女性には、人々の苦しみを取り除こうとする心があります。時には、社会の苦しみを取り除くために、それを一身に引き受けることさえあります」
 「その『自己犠牲』の精神と『奉仕』の心、そして本来の『慈愛』が椙まって、女性は、よりよい社会を築くための最も理想的な存在となっているのです」
 まさに、その最良の模範こそ、創価の婦人部である。
10  チョウドリ博士はユーモアを込めて、こうも語っている。
 「女性には、人生の苦しみや困難を、より賢明かつ冷静に受け止め、苦難を悠々と乗り越えていく力が備わっています。
 それは、男性にはなかなかできないことです。男性は、もともと動揺しやすい傾向がありますから」
 とりわけ、博士は、わが婦人部・女子部の平和貢献の活動を高く評価されている。
 「SGI(創価学会インタナショナル)の婦人部や女子部の皆様が、『平和の文化』の推進、女性と子どもの権利の推進、社会における女性の地位の向上、人類の目標全般の推進のために重ねてこられた貢献には、実に素晴らしいものがあります。
 皆様との長年にわたる交流を通して思うのは、SGIの中でも、女性のメンバーの方々が、最も活動的で情熱的で、そして熱心であるということです。
 平和と人権への課題が、ますます山積する今日において、婦人部や女子部の皆様方が、なお一層のこと、その精神性と創造性を保ちながら、素晴らしい活動を続けていただきたいと願っております」
 平和の文化のパイオニア(先駆者)から寄せられた信頼と期待として、ありのままに紹介させていただいた。
 「創価の女性の世紀」は、いやまして、希望の光彩を放っている。
11  神奈川の友へ
 30年前の昭和54年(1979年)4月、私は、神奈川の同志に一首の和歌を詠み認めた。
 変わらざる不二の心で「共戦」の歴史を刻んできた神奈川の友への感謝を込めて、ここで紹介したい。
  美しき
    心と心で
      神奈川城
    守りし君らに
      幸は昇りぬ
 今、海外からの研修メンバーはもとより、多くの識者の方々も神奈川を訪問される。
 先日の4月24日も、世界華文かぶん文学連合会の先生方が、神奈川文化会館と鎌倉のSGI教学会館に来館された。
 そして30年前、神奈川から世界へ向けて、新たな創価の正義の波を起こしていった歴史に、深い感銘を語ってくださっている。
12  われ一人!
 第三代会長を辞任した私は、30年前の5月5日、神奈川文化会館で、「正義」そして「われ一人正義の旗持つ也」と認めた。
 あらゆる嵐を突き抜けて、勝利する原動力は「師弟」の精神しかない。
 その師弟の絆を断ち切ろうとする邪悪と、誰が戦うのか。
 誰が、師の魂を護るのか。誰が、師の哲学を、現実社会に打ち立てるのか。
 弟子と名乗るならば、ただそれだけを、わが胸に問うべきだ。
 いざという時に、卑怯な心であっては、永遠に悔いを残す。
 創価学会の世界は、信心の世界である。広宣流布の世界である。真に幸福になるための世界である。
 ゆえに、悪い人間をのさばらせて、正直な人間が苦しむような世界であっては断じてならない。
 虚偽や不正の人間と戦い抜いてこそ、本当の同志の和合僧ができるのだ。
 悪と戦えない、臆病な指導者であってはならない。幹部は心していくのだ。
13  波瀾万丈の日々
 私は波瀾万丈を生きてきた。
 私は勝った。戸田先生を護りきった。
 低迷する文京では、支部長代理として指揮を執り、懐かしき友と第一級の支部を築いた。あまりの躍進の姿に、他の支部は、唖然としていた。
 負けるに決まっていた大阪でも、“まさかが実現”と世間を驚愕させた偉大な勝利を関西の友と勝ち飾った。
 近代日本の揺藍であった山口に飛び込んで、実に10倍近い拡大を成し遂げたことも、誉れ高き青春の歴史である。
 私は不惜身命で戦ってきた。
 無実の罪で、牢獄に入れられたこともある。
 しかし、正義の信念を貫いて獄死された牧口先生、そして、2年間の獄中闘争を耐え抜かれた戸田先生の苦労を思えば、私の10日余りの投獄など、何でもなかった。
 “先生をお護りするのだ。先生にお仕えするのだ。先生にお応えするのだ”──ただただ、その心で、すべてを耐え抜いて、そして、すべてを勝ってきた。
 一切をなげうって、世界的な連帯を築き上げた。
 何もかもやって、私は戸田先生の言われる通りの学会にした。
 ゆえに私には何の後悔もない。
14  万年の未来へ「今」を勝て!
 亡くなる直前、戸田先生は、安心しきったお顔で、「俺は、いい弟子をもって幸せだよ」と言われ、ニッコリとされた。
 また戸田先生は、「お前以上に弟子が師匠を護った歴史は、これから永劫にないだろうな」とも、おっしゃってくださった。
 命をかけて戸田先生に仕え、命をかけて学会に仕えた私である。
 その精神があるかぎり、学会は盤石だ。
 反対に、幹部である諸君が、師弟を軽んじて傲慢になったり、何の苦労もしないで威張っていくならば、学会は滅びる。
 また、邪悪と戦えない臆病な幹部ばかりになってしまえば、学会の未来はない。
 信心の世界は、師弟不二である。
 私は、その通りに貫いてきた。
 それを護るのか。壊すのか。すべては後を継ぐ指導者で決まる。
 万年の未来へ、学会が永遠に勝ち栄えていくために、大事なのは「今」である。
 わが後継の諸君に、「今こそ正義の旗高く、師弟の勝利城を築け! 広布の大闘争のなかで、崇高な師弟の魂を受け継げ!」と私は叫びたい。
 皆様の栄光と勝利を祈りつつ、記念の一首を贈りたい。
  勝ちまくれ
    人生劇場
      汗 流し
    勝利の万歳
      三世に響けと
15  大聖人は、京都でもなく、また鎌倉でもなく、安房(現在の千葉県南部)の地で「立宗宣言」をなされた。御自身の故郷へ戻っての大宣言であられた。
 「報恩抄」では、大難を覚悟し、仏法を弘通される御心境について、次のように綴られている。
 「今度命をおしむならば・いつの世にか仏になるべき、又何なる世にか父母・師匠をも・すくひ奉るべきと・ひとへに・をもひ切りて申し始め」と。
 不惜身命の行動、末法の一切衆生を救わんとの大願──その御心中には、父母と師匠への報恩の「念があられたのである。
 日蓮仏法には、その出発点から、赫々たる報恩の一念が脈打っている。このことを、私たちは心肝に染めてまいりたい。
16  君よ“生命の正道”を歩め
 今年の3月16日、私は、愛する創価学園生とともに、南米の名門ボリビア・アキーノ犬学から名誉博士号を拝受した。
 この大学の名前は、日蓮大聖人と同時代を生きた、スコラ哲学の完成者トマス・アクィナス(スペイン語でトマス・デ・アキーノ)に由来する。大学の理念にも、彼の思想が高らかに掲げられている。
 トマス・アクィナスについて、かつて私は大学講演で論じたことがある。
 また、ブラジルの人権の闘士アタイデ博士や、イラン出身の平和学者テヘラニアン博士をはじめ、数多くの識者との対談でも触れてきた。
 ここでは、トマス・アクィナスによる「忘恩」についての考察を紹介しておきたい。〈稲垣良典訳『神学大全 第20冊』創文社を参照〉
 彼によれば、忘恩には次のような段階があるという。
 まず、「(自分が受けた)恩恵にたいしてお返しをしない」──この人は、恩返しするどころか、「善きものにたいして悪いものを返す」。
 次に、「自分が恩恵を受けたことを示さないで、それに注意を払おうとしない」──恩への感謝の念など、さらさらない。この人は、かえって「恩恵を非難する」。
 そして、「忘却あるいは他の何らかの仕方によって、恩恵を認知しない」──自分が受けた恩そのものを忘れ果ててしまうのだ。
 この人は、「恩恵があたかも加害であるかのように思いなす」というのである。
 まことに興味深い洞察であり、人間の心の闇を、鋭く突いている。
 いかにずる賢く、自身を正当化しようとも、恩知らずは恩知らずであり、この一点において、正しき人間の道を踏み外している。これは洋の東西を問わず一致した原則であるといえよう。
 私が出会いを結んできた世界の一流の人物は皆、「報恩」という“生命の正道”を歩み通されている。
17  仏法においては、「報恩謝徳」の真髄は、不惜身命の心で正義に生き抜くことである、と示されている(日寛上人の『報恩抄文段』)。
 すなわち、身命を借しまず、人々を不幸にする邪法を破折し、人々を幸福にする正法を弘通すれば、一切の恩に対して報ずることができると説かれるのである。
 広布、折伏に生き抜けば、父母をはじめ、一切の恩人への報恩になっていくことを、晴れ晴れと確信していただきたい。
 ともあれ、わが創価、学会は、ありとあらゆる三類の強敵と戦い抜き、打ち破りながら、世界192カ国・地域まで、正法正義を弘めてきた。
 御本仏・日蓮大聖人に対して、最高無上の報恩を果たしゆく人生である。
 学会の恩。自分が広宣流布させていただいているという恩。師の存在があるからこそ広布ができるという恩。
 この3つの恩を、ともどもに心に刻みたい。
18  恩を知り、恩に感謝し、人生をかけて恩に報いていく──。
 「報恩」こそ、人間の証しである。
 報恩は、自分が受けた恩恵を、次の世代に贈ることによって完結する。要するに、後継の青年を大切にし、励まし、育てていくことである。
 私たちの宝の友人であった、アメリカの「人権の母」ローザ・パークスさんは、ロサンゼルスにあるアメリカSGI(創価学会インタナショナル)の本部を訪問してくださった際、こう語っておられた。
 「これからも青年のためにできる限りのことをしたい。青年こそ私たちの未来だからです」──と。
 青年を使おう、利用しようとするのは“権力の魔性”の心の働きである。
 青年を育てよう、青年を伸ばそう、青年に大いに活躍してもらおう。これが、真の指導者の心であり、人間教育者の心である。
 幹部が傲慢になり、新しい人材を育てなくなれば、学会の未来は暗い。幹部が勝手気ままに、無責任な行動を取るようになれば、大変なことになる。
 戸田先生も、繰り返し繰り返し、青年を育てることの大切さを訴えておられた。その指導を、あらためて確認しておきたい。
 先生は言われた。
 「私の最大の楽しみは、若い者を育てていくことだ」
 「私の後を継いで広宣流布を成し遂げるのは、青年しかいない」
 私も今、まったく同じ気持ちである。青年に、未来の一切を託す以外にない。
 戸田先生は、こうも断言しておられた。
 「仏界の生命を涌現し、現代の社会を救うのが、青年の責務である」
 「広宣流布を成しゆく主な力は、青年である。広宣流布は、青年の手によって行われるのである」
 その通りだ。
 青年部の時代である。青年が一切の責任を担い立つのだ。すべての勝利の決定打を放つのだ。すべての悪を打ち破っていくのだ。
  君も立て
    我も立ちなむ
      破邪顕正
    師子は叫ばむ
      つるぎは光りて
 勇気の剣、言論の剣で、正義の大道を切り開いてまいりたい。
19  「力を発揮してもらうのだ」
 戸田先生は、こうも言われた。
 「信を起こし、御本尊を頂いた瞬間に、我々は“一切衆生を救わんがために、広宣流布せよ”との仏勅を蒙っているのである」
 妙法を持つ皆様は、全員が偉大な地涌の菩薩である。悩める友、不幸に喘ぐ人々を救うため、深き使命を持って、生まれてきた。その誇りを、絶対に忘れてはならない。
 また先生は、年配の幹部に対して厳しく言われていた。
 「青年を大切にしない幹部は、たいした人間ではない。
 青年の成長を祈っていけ! 人一倍、青年を育てるのだ」
 「組織において、青年の活躍の道を塞いでは、絶対にならない」
 青年を大切にし、師弟の精神を伝えていく。自分よりも立派な人材に育てていく。その人が真のリーダーである。
 また、そうしたリーダーのいる組織は、大きく発展していくことができる。
 さらに、戸田先生の指導を紹介したい。
 「人材を大事にするということは、そっとしておくこととは違う。うんと働いて、力を発揮してもらうのだ」
 「組織の発展の要諦は何か。それは、ともに広宣流布に戦うなかで、青年を育てることだ」
 大事なのは「ともに」戦うことだ。「やらせる」のではなく、一緒に苦労し、泥まみれになって戦う中で、新しい人材を育てていくのだ。
 いずれも、リーダーが心して実践していくべき指針である。
 恩師の教えを守るならば、学会の前進の力は倍加していく。
20  今こそ錬磨を
 皆さんには、私がこうして指揮を執っている間に、本物の広宣流布の指導者になってもらいたい。
 柔道には柔道の世界の師弟がある。柔道を極めようと思うなら、その道の師匠に教えを受けねばならない。
 創価学会は信心の団体だ。信心の魂を学び、生命に刻むためには、正しい信心の師匠につかねばならない。そうでなければ、仏法の真髄はわからない。
 「声仏事を為す」である。仏法を教える大きな力は「声」だ。
 どうすれば、皆が、成仏の直道を歩み、勝利と幸福の人生を飾ることができるのか。
 どうすれば、正義の学会を永遠に発展させていくことができるのか──。
 それを伝えるのは「声」である。
 だから私は、真剣に語るのである。時には厳しく、何度も繰り返し言うのである。
21  御書には「心こそ大切」と仰せだ。
 わが心に「財宝」を築けなければ、信心をしている意味がない。こうして会合を行う意味もない。
 どこまでも、「心」を磨き、幸福への道を歩みゆく──そのための学会の会合であり、活動なのである。
22  陰の労苦に感謝
 昭和35年(1960年)の晴れわたる5月3日、私の第三代会長就任の式典が行われた。会場は、懐かしき墨田区の両国・日大講堂であった。
 式典の終了後、私が直ちに行ったのは、陰で真剣に支えてくれた、さまざまな役員の友へ、御礼を伝えることであった。
 早朝から会場に続々と集われる方々の誘導のため、青年部の役員も凛々しく着任してくれていた。今でいえば、創価班、牙城会、白蓮グループなどの友である。
 私は伝言を託した。「きょうは早暁から本当にご苦労様でした。新しい学会を共につくっていこう」
 会場の設営を担当してくださったのは、縁深き草創の川崎支部の方々である。設営は、会場の清掃に使う雑巾を縫うことから始まる労作業であった。
 また、大変な苦心をして、墨痕鮮やかな戸田先生の和歌を会場前方の左右に設置し、演壇の真上に戸田先生の大きな遺影を掲げてくださった。私は、その遺影を仰いで入場したのである。
 この川崎支部の友にも、私は終了後、即座に、「川崎支部の皆さんが担当してくださって、私の会長就任式が行われたことは忘れません」と、伝言をお願いした。
 さらに、場内の生け花を担当してくださった同志もいた。会場を何十カ所と美しい花また花で荘厳してくださった。
 後日、私は感謝を込めて、「花の如く明るい大衆哉」との揮毫を贈らせていただいた。
 会長就任から半世紀──。
 私と妻の心からは、朝となく夜となく陰で学会を護り、支えてくださっている共戦の同志の姿が、瞬時として離れることはない。私たちは、尊き皆様の幸福と安穏を願い、題目を送り続けている。
 この「創価の心」を、これからのリーダーも、断じて受け継いでいただきたいのだ。
23  「大三国志展」が中国で大好評
 東京富士美術館が企画した「大三国志展」は、日本での累計鑑賞者数が100万人を突破し、大成功を収めた。現在、帰国報告展が中国の上海市で開催され、好評を博している。〈上海図書館で5月17日まで〉
 この後、北京や武漢などを巡回するとうかがった。『三国志』の英雄・劉備が興した「蜀」の都であり、昨年の四川しせん大地震から雄々しく復興に立ち上がられた成都せいとでも開催される予定である。
24  戸田先生は、『三国志』がお好きであった。水滸会での薫陶のテキストにもなった。戸田先生と幾度も語り合ったことが懐かしい。
 立宗から満700年に当たる、昭和28年(1953年)の4月28日にも、戸田先生を囲んで、青年部の代表が『三国志』の人物評論を戦わせた。先生はまず、青年たちに自由に人物評を発表させ、最後に、ご自身が総括されるのである。
 “桃園の契り”で結ばれた3人──英雄・劉備と猛将・張飛、そして義に生き抜いた勇将・関羽。その関羽については、こう語られた。
 「豪傑にもいろいろある。張飛の荒削りに対して、(関羽は)整った人物である。関羽は好きだ。人に親しまれる豪傑である」「しかし、こうした豪傑であっても、死に方はどうにもならない宿命である」と。
 〈関羽は西暦219年、曹操の「魏」と孫権の「呉」の連合軍に敗れ、非業の死を遂げた〉
 「私は実業界で闘ってきたが、負け戦の時は、確かにどうにもならない。宿命のまま突き落とされてしまう悲劇が、世の中には、あまりにも多い。
 しかし、宿命打開の方法がある。そこで仏法が必要なのである」
 戦後、学会の再建を担う戸田先生の事業が、最悪の苦境に陥った時、私は先生とともに、死にものぐるいで戦った。
 妙法の宿命転換の法理を理解できず、師を嘲笑い、恩を仇で返して、離れていく者もいた。
 しかし、仏法の因果は峻厳である。仏の言葉に微塵も嘘はない。創価の師弟の正義は、今、燦然と輝いている。
25  三代で決まる
 「呉」の孫権がテーマになった時、戸田先生は、こう語られていた。
 「大事業は初代と三代が大事である。三代で決まる」
 父・孫堅、兄・孫策の後継者として、第3代の若き孫権は、見事に「呉」の国を治めた。「地の利」を生かし、長く繁栄の世を築いている。
 「一宗派のちっぽけな次元に留まっていては、いったい何ができるか。社会に、文化に大きな布陣をしなければならぬ」
 私は戸田先生の言葉を深く生命に刻んだ。
 第三代会長に就任した私は、青年と共に進み、青年と共に勝利の歴史を開いてきた。
 そして、戸田先生のご構想の通りに、創価学園、創価大学、アメリカ創価大学、東京富士美術館、民主音楽協会、公明党などを創立した。
 文化と教育の力で、世界平和への揺るぎない人間主義の大連帯を築き上げてきたのである。
26  56年前の4月28日、戸田先生はしみじみと語られた。
 「人生は、悔いのない戦いをしなければならない。牧口先生は、世界の人が知らない価値論と弟子を残してあるとおっしゃって亡くなったのである」
 牧口先生は、軍国主義と戦い、獄中で壮絶な殉教を遂げられた。しかし、「不滅の思想」と「不二の弟子」を残された。
 ゆえに、永遠の正義の勝利を飾ることができたのである。
 牧口先生の「殉教」は、法華経に説かれる「薬王の供養」そのままであると、戸田先生は、いつも言われていた。
 「(牧口)先生は、法華経のために身命をなげうったお方である、法華経に命を捧げた、ご難の見本である。先生の死こそ、薬王菩薩の供養でなくて、なんの供養でありましょう」と断言されていた。
 法華経の法理に照らして、牧口先生の生命が、生々世々、最も尊貴な境涯に光り輝いていかれることも、絶対に間違いない。これが戸田先生の大確信であった。
27  師への報恩の劇
 法華経の薬王菩薩本事品。それは、薬王菩薩の「師匠への報恩の劇」である。
 薬王菩薩は、過去世において、一切衆生喜見菩薩という菩薩であった。法華経を教えていただいた師匠・日月浄明徳仏への報恩の一念で、わが生命をなげうち、燃やし尽くしていった。
 そして、その大光は、実に1,200年にわたって広大な世界を照らし続けたというのである。
 報恩に徹する一念こそが、世界を、そして未来を照らすのである。
 「師匠への報恩」の思いは、それでも尽きなかった。「死後もまた師匠のもとに生まれて、戦うのだ」と決め、再び師の国に生まれた。
 仏が入滅した後も、72,000年にわたって、自分の臂(腕)を燃やして師匠に供養し続けたという。
28  戸田先生は、この薬王菩薩のごとき「報恩の信心」を強く訴えておられた。
 清々しい報恩の信心に生きる時、己心の薬王菩薩も動きに動く。健康長寿の生命となる。その健やかな生命力を発揮して、人々に、社会に、希望と勇気の光を贈ることができる。
 「報恩の心」「戦う心」「勇気ある心」「苦労をいとわぬ心」──それが真に頑健な金剛不壊の生命を鍛え上げていくのである。
29  「創価の薬王」
 釈尊の時代には門下の良医・耆婆が、そして大聖人の御在世には名医の弟子・四条金吾がいた。まさしく「薬王菩薩」の生命を体現して、師匠への報恩と、勇気ある信心に徹していった。
 本日は、わがドクター部の代表も参加されている。どうか、末法万年尽未来際まで「創価の薬王」と仰がれ、謳われゆく師弟勝利の歴史を、堂々と残していっていただきたい。
30  薬王菩薩のごとく、報恩の心を燃やす若き青年の陣列が陸続と現れた時、創価学会は、永遠に「不老不死の教団」として、いやまして、光り輝いていくのだ。
 大聖人は、四条金吾に対し、「法華経薬王品」の「諸余怨敵・皆悉摧滅」(あらゆる怨敵は、皆ことごとく滅びる)の一文を贈られた。そして、「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」、「ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候」と教えられている。
 何ものも恐れぬ師子王の心で、すべてを勝ち切ることだ。正義の勝利を断固として打ち立てていくことだ。そこに初めて、健全な幸福と平和の社会が開かれていくことを忘れてはならない。
31  楽天主義たれ
 私が思い出深き語らいを結んだ一人にアメリカの著名な心臓専門医バーナード・ラウン博士がいる。〈核戦争防止国際医師会議の共同創設者でノーベル平和賞を受賞〉
 博士は、科学で得た知恵をよりよく医療に実践するには、「医師は人間を深く理解する力を身につけなければならない」と指摘しておられる(小泉直子訳『医師はなぜ治せないのか』築地書館)。
 大仏法の生命哲学を持ち、慈愛の医学を実践しゆくドクター部の存在は、ますます社会の依怙依託と仰がれゆく時代に入っている。
 ラウン博士は、こうも語られていた。
 「病人を少しでも楽にしたいと、たゆまず努力してはじめて、医師は能力を最大限に発揮できる」「医師は楽天主義の化身でなければならない。暗闇の中でも一筋の光明を探すのが医師のつとめだと私は信じる」(小泉直子訳『治せる医師・治せない医師』築地書館)
 「医師と患者は互いに尊敬し合わなければならない」「尊敬がなければ、医師は患者の信頼を得られない」(前掲『医師はなぜ治せないのか』)
 大切な大切な、わがドクター部、尊き白樺会、白樺グループの皆様のご健康とご活躍を、私は妻とともに心から祈っています。
32  母君の教え「人に尽くせ」
 先日(4月22日)の本部幹部会で、私は皆様方とご一緒に、オーストラリアのシドニー平和財団から、平和の「金メダル」を拝受した。
 はるばる来日してくださったリース理事長は、社会的に弱い立場にある人々、恵まれない人々のために、世界の各地で活動を続けてこられた、行動する平和学者である。
 理事長の「平和の闘士」としての原点は、どこにあったか。
 それは、第2次世界大戦で重傷を負われ、苦労を重ねられた父君の姿であった。
 そして父君を支え、苦難を朗らかに乗り越えていかれた、母君の人生哲学であった。
 リース理事長は、母君から「他者に対する奉仕は、自身に対する奉仕よりも尊い」ことを学ばれたという。
 その信念のままに、世界を駆けめぐり、多くの人々と対話を重ねてこられたのである。
 「人間のエネルギーというものは、異なる考えや、その考えを持つ人々が交流し、対話するときに生まれる」とは、理事長の不動の信念である。
 全くその通りだ。
 常に対話を続け、学び続ける人は、決して行き詰まらない。尽きることのないエネルギーがわいてくる。
 リース理事長は、わがオーストラリアSGIの同志に、強く語ってくださった。
 「対話以外の道は、あきらめの道です。私は、それを望みません。対話には多くの障害が伴います。しかし、SGIをはじめ多くの団体が、対話を基盤とした非暴力の運動を行っています。それは、音楽、詩などのように、人々の希望を鼓舞するものです」と。
 対話を成功させるのに必要な要素は何か。
 理事長は、“相手を包み込むユーモアや慈悲、そして相手のことを理解しようとする真の思いやりなどの人間性”等を挙げられた。
 まさに、私たちの一対一の対話こそ、人類の平和と希望の道なのである。
 〈さらにリース理事長は語っている。
 「私は、対話のもつあらゆる建設的な価値を活性化しておられる池田SGI会長に、きわめて深い敬意を抱いています。
 会長は、限られた範囲でなく、様々な分野にわたって幅広い知識をもっておられます」
 「池田会長は、対話によって文化的な境界や障壁を乗り越える、他に類を見ない才能をもつ方です」〉
 オーストラリアの作家 「勇気をもって戦い続ければ 今の苦しみを笑える時が必ず来る」
33  「雲の上には太陽が輝いている」
 偏見や差別を乗り越え、オーストラリアの女性パイロットの先駆けとして活躍したナンシー・バードの有名な言葉がある。
 「雲の上には、いつも太陽が輝いている」
 いわんや、妙法を持った、わが生命には、どんな時にも、希望の太陽が晴れ晴れと輝きわたっている。
 オーストラリアの国民的作家ヘンリー・ローソンは述べている。
 「時代は厳しい。しかし、怯んではいけない。勇気をもって戦い続ければ、いつの日か、今の苦しみを笑える時が、必ず来るのだから」
 この言葉を、社会の荒波の中で敢然と戦う、わが同志に贈りたい。
34  根本は題目
 終わりに、私の永遠の師・戸田先生のご指導を、ともどもに生命に刻みたい。
 「負けてたまるものか! と、腹を決めるのだ。題目をあげにあげて戦うのだ。根本は題目だ。祈りである」
 「私も、何度も試練に遭った。しかし、つらいなどと考える暇もなかった。何としても奮い立たずにはいられなかったのだ。断じて負けるものか、必ず勝つ、と戦ったのだ」
 そして戸田先生は、厳然と叫ばれた。
 「ひとたび、戦いを開始したならば、魔の息の根を止めるまでやるのだ。闘争は、最後の勝利は粘りで決まる」
 「民衆が力を合わせれば、どんなに大きな力になることか。心を合わせて戦うのだ。力を合わせて、広宣流布を成し遂げていけ!」
  わが同志
    わが法友は
      三世まで
    喜び勇んで
      広布の勇者だ
 この一詩を贈り、私の記念のスピーチとしたい。
 勇んで戦おう! 永遠に崩れぬ、師弟勝利の大城を、今こそ築こう!

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