Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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再 建  

小説「人間革命」1-2巻 (池田大作全集第144巻)

前後
10  戸田の表弱した体は、日を経るにしたがって、ようやく回復に向かっていった。しかし、極度に痛めつけられた体は、そう簡単にはいかなかった。
 彼は、朝夕、歩行練習のため、よく散歩するようになった。
 ある日の夕方、彼は玄関を開けるなり、奥に向かつて大声で言った。
 「おい、お客様だよ」
 幾枝が、急いで出てみると、身なりの貧しい子どもが四、五人、戸田の後ろにいて、家の中をのぞきこんでいる。
 「何かないか。うまいものでもないか」
 戸田は、妻に言いながら、子どもたちを促した。
 「さぁ、お入り、おじさんの家だよ」
 戸田の家の近くの坂上に、かなり大きな寺院があった。家を失った戦災者のある者は、この寺に避難していたのである。避難というより、流れ込んで来たという方が正しいかもしれない。この「お客様」は、その罹災者たちの子どもであった。
 彼は、散歩の道すがら、それらの子どもたちと、いつしか親しくなっていた。さまざまな子どもがいた。また、子どもたちは、彼の散歩のよい相手でもあった。彼の張りつめた心を、和やかにするには、格好の友だちであったからである。
 幾枝は、最初、薄汚れた、時ならぬ「お客様」にあきれていた。戸田の物好きが、また始まったかと、顔をしかめていた。だが、一関に、一人疎開している長男の喬一のことを、瞬間、思わずにはいられなかった。彼女は、茶の間に戻ると、ありったけの菓子を持ち出してきた。
 戸田は、それを、むずむずしている子どもらに、公平に分け、みんなを喜ばせた。そして、笑いを忘れた子どもたちが、明るく微笑むのを、じっと見ていた。
 彼も、喬一のことを思っていたにちがいない。そして、このいたいけな子どもたちの未来を、暗然と考えざるを得なかった。
 この社会は、この世界は、決して大人だけのものではない。次代は、春秋に富む少年や、青年たちの社会であり、世界であることを、大人たちは真摯に自覚すべきであった。いつの時代でも、どこの国でも、指導者が、真実、平等に、子どもたちの成長と幸福を願いさえすれば、間違っても戦争など起こせるはずはなかったからである。
 「さあ、また、明日、遊ぼう」
 戸田が、こう言うと、子どもたちは口々に、「ありがとう」と言いながら散っていった。
 「お客様」の奇襲は、その日から、空襲よりも日増しに多くなってきた。戸田になついて、明るく元気になっていくようであった。菓子の切れている時も、しばしばあった。その時は、小銭を用意して、子どもたちに与えたりした。
 次第に、子どもたちの人数が増えていった。長身の彼が、子どもたちに取り巻かれ、わいわい言いながら街を行く光景は、もはや散歩とはいえなくなっていた。そして、この珍しい交際は、ずいぶん後まで続いたのである。
 この間にも、戸田は、学会の再建を思わぬ日は、一日もなかった。また、心の奥底では、牧口会長の死が、瞬時たりとも忘れられなかった。総本山大石寺の様子も、心にかかって去らなかった。
 深夜、彼は、再建の構想を楽しみさえした。広宣流布の使命を達成すべき、新しい時代への挑戦が、脈々と鼓動するのを、止めようもなかったからである。
 だが、主要な会員の消息は、ほとんどわからなかった。出征中の人の消息も、疎開した教員たちの便りもなかった。また、戸田の出獄を伝え聞いた人びとも、警察をはばかって、彼に近づこうとしなかった。
 会員は、恐るべき退転状態に陥っていた。戸田は、再び御聖訓の厳しさを、しみじみと身で知ったのである。
 しかし、彼は、″焦るな″と心に言い聞かせた。何よりもまず、彼は、目下、保釈の身の上であることを思わなければならなかった。彼は、ひたすら戦争の終結を待つ以外になかった。
 そして、その心を誰人にも語らず、知らさず、ただ自己の身近な再建の固めに終始したのである。

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