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日蓮大聖人・池田大作

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第一章 香港の明日――返還を前にして  

「旭日の世紀を求めて」金庸(池田大作全集第111巻)

前後
12  民意を正しく汲み上げることの難しさ
 池田 先日、初代の行政長官には、董建華氏が選ばれましたが、日本のテレビでも、その模様を報じていました。直接選挙を行うかどうか、大きな焦点になっていたことは知っております。
 民意を正しく汲み上げることは、容易なことではありませんね。たしかに、直接民主主義的な手法というものは、民主主義の原点のように見えても、一歩間違えると「アテナイの民主主義がソクラテスを殺した」といった衆愚政治の轍を踏みかねない。逆に、ルソーが嘆いたように「民衆は選挙の間だけは主人だが、あとは奴隷である」ような事態では、政治が民意から浮き上がって、民衆の政治離れを加速させてしまうでしょう。そのジレンマというか、ご苦労はお察しします。
 金庸 基本法の起草過程で最も困難をきわめたのは、今、お話の出た行政長官と立法会議員の選挙方法でした。
 「民主派」と呼ばれる香港の急進的な人々の主張は、あまりに急進的すぎるもので、私とグループの大部分の委員は、とても通用するものではないと考えました。
 イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、日本、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの民主国家でも、直接選挙で国家の行政の長を選んでいません。国会も通常、衆参両院または上下両院に分かれています。これは選挙民の投票権も決して完全に平等ではないことを表しています。つまり、社会における特殊な階層がもつ伝統的利益に配慮がなされているのです。
 池田 そのあたり、グループ内の見解が分かれるところだったのですね。
 金庸 私は理論上の問題について、「民主派」の学者や宣伝家たちと激しい論争を展開しました。
 論争相手は、事実を顧みることなく、ひたすら声高にスローガンを叫び、「一人一票の直接選挙」を要求したのです。しかし実際には一人一票の選挙区直接選挙といっても、必ずしも最も公平で、最も民主的な選挙制度とはかぎらないのです。
 日本が最近、行った国会の選挙では、旧制度を二つの部分に分けました。五○○人の議員のうち三○○人を小選挙区から直接選挙で選び、二○○人を政党の比例によって選びました。どの選挙民も、二票を投じたわけです。「一人二票」への改正です。
 香港の青年と学生は、宣伝と扇動の影響を受け、具体的な状況を冷静に考えることがなかった。一方的に「およそ中国当局と同じ意見をもつものは、親共産主義者であり、香港人の利益を売り渡す者だ」と思い込んでしまったのです。
 池田 お考えは、よくわかりました。金庸先生は政治的安定を最優先に考えられたわけですね。
 金庸 ちなみにパッテン総督が提起した民主化法案は、元来の「職能別団体選挙」を別のかたちの「一人一票の直接選挙」に改めようというものです。これは基本法の規定に合致したものではありませんので、中国側は絶対に認めず、九七年以降は完全に無効とする決定をくだしています。
 池田 注目される返還まで、あと半年。私は重ねて祈ります。また信じます。香港の方々が、歴史の荒波に果敢に立ち向かうなかで、自分たちさえまだ知らない新しい可能性を大きく開いていかれんことを。
 「九七年問題」がはらむ歴史的意義については、まだまだ語り合いたい点があります。回を改めて続けたいと思います。

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