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日蓮大聖人・池田大作

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小鳥の知恵  

「随筆 人間革命」「私の履歴書」「つれずれ随想」(池田大作全集第22巻)

前後
1  小さな日本列島に、不況の風は相変わらず厳しい。いずこの家々でも、やりくり算段に、さぞや頭の痛い思いをしていることであろう。教育者でもあった私の恩師は、ある事情があって、事業にも携わられたことがある。その恩師は、生前よく「新聞の広告欄を見ると、経済、社会の動向がわかるものだ」と語っていたが、家計をあずかる主婦の方々にとっては、新聞の折り込み広告が、ことのほかの関心事らしい。
 毎日のように朝刊には、幾種類もの宣伝広告のチラシが入ってくる。私の妻やお手伝いさんも、これらを注意ぶかく追いながら見ている光景がよくある。
 できるだけインスタント食品は避けたいので、食料品の特売日があると、冷蔵庫の容量に合わせて、大量に買い込む。肉など家族の一食分に合わせて冷凍しておき、小出しに、種々の工夫を加えて、使ってみたりしている。店頭には、選りどり見どりに並んでいるが、無駄買いは極力慎む。
 ある主婦と、わが家の妻やお手伝いさんが、そんな苦心談を、屈託のない顔で語り合っていた光景を忘れることができない。
 わずかのお金を浮かすための、健気なまでの努力である。これに類する話は、いろいろあるのであろう。ガス、水道、電気などの光熱費をどう節約するか。衣服を長持ちさせるには。リフォームの方法いかん。
 私はそのつど、いつの世にも変わらぬ、雑草のように逞しい、庶民の知恵の健在を、垣間見る思いがするのである。
2  ラバという鳥がいる。
 といっても、馬とロバの間の子のそれではなく、小鳥である。パーリ語辞典によれば、鶉のこと、と出ている。 そのラバがあるとき──と釈尊は弟子に語る──空中で鷹に捕らえられた。家で遊んでさえいれば、こんなことにはならなかったのに、と嘆く。鷹は、見くびって家のありかを聞いた。ラバはわが家が田のあぜの中にあり、そこはだれも手がつけられない、と言い放った。
 自分の力を過信した鷹はラバを家へ帰す。するとラバは、再びあぜの上に出てきて、闘志満々の構えである。小癪な! 怒り狂った鷹は、翼に力をいよいよこめて、一直線に襲いかかる。ところが、ラバはすばやく家の中へ隠れてしまう。力あまった鷹は、わが身を固い土に打ちつけ、その場で息絶えてしまうのである。
 ラバは歌う。「鷹は力で来る、わたしは自分の家で防ぐ。怒りに乗った鷹は、身を砕いて死んだ。わたしは勝手を知っている、わたしの家によって、敵をほろぼした。たとえ百千の竜も象も、わたしの知恵にはかなうまい。わたしの知恵で、鷹はほろびた」(仏教説話文学全集刊行会編『仏教説話文学全集 5』422㌻、隆文館)と。 ──「雑阿含経」に説かれている説話である。仏教のなかでは、小乗教という比較的低い部類に属する経典なのだが、なかなか鋭い教訓をはらんでいると思う。
3  日々の現実の生活と、それにもまして不況と戦っている、若きお母さん方の姿は、なにかこの知恵者・ラバのイメージを、彷彿とさせているような気がしてならない。自分を知る賢明さ――そこから幸福の芽が出る。ここに庶民の、人間としての、権力者よりも、学者よりも、財界人よりも偉大な力の光が輝いている。
 力において鷹に太刀打ちできないことを、ラバは十分知っている。だから、知恵で戦う。たしかに、かぎられた収入内での工面など、不況の大波にもまれる小舟のオールにも似た、ささやかな抵抗にみえるかもしれない。人間界の“鷹”は、少々ずる賢くできているため、あぜの上から“土の家”を突き崩したりする場合もあろう。しかし、彼女らは決してへこたれない。時流の荒波のなかにあって、ときに愚かな為政者に怒りの声を発しつつも、足元に知恵をめぐらしつづける。
 明日を見つめて、明るくしぶとく生き抜き、じっと時を待っている。彼女らこそ、あのラバのように、最後に勝利の歌を高らかに歌うであろうと、私は信じている。また、そうした時代を、なんとしても創り出していかなければならないと、強く念願もしている。
4  話は変わるが、アリストパネスの喜劇『女の平和』をご存じの人も多いだろう。当時はペロポネソス戦争の最中で、アテナイとスパルタの覇権争いは、いつはてるともなく、人びとの生活は困窮をきわめていた。そこで、意を決したリューシストラテーという一女性が、敵味方を問わず、女たちに呼びかけて、性的ストライキに訴える。音をあげた男たちが、ついに白旗を掲げ、両国間に平和が成立する──という、すこぶるユーモラスな発想と展開なのである。平和主義者・アリストパネスが、切なる願いをこめたものであった。
 奇想天外と言うなかれ。いま開かれている国連軍縮特別総会で、国連の名物男として知られるサウジアラビアの代表が「戦争を始めるかどうかは、母親の投票に問う」との提案をしている。会場は苦笑につぐ苦笑であったそうだが、私はさわやかに聞いた。国益と支配欲しか念頭にない、権力者流の駆け引きなどにくらべて、平和に資すること、よほど大であろう。

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