Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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昭和十九年  

若き日の手記・獄中記(戸田城聖)

前後
2  夫人の父上宛て
 生活指針タル感想アリ、故ニコノ手紙保存セラレタシ。
 留守ハ並大抵ノコトデナイト思イマス。今少シト一フン張リ願イマス。日小モ整理ノ為I子ノ入用ガ会社カラ届カナイカモ知レマセヌ。ソノ時ハ日本商事ノ取リ立テヲ厳重ニスルカ、事情ヲ話シテ集金シテ仮払イトシテI子ニ渡シテ下サイ。万一ノ場合ハ子ドモノ不動銀行ノ金ヲ使ッテオイテ下サイ。長ラク不孝タダ恐縮デ、オ母様ト一緒ニ懐シク、コノゴロ夢ヲ毎晩見マス。皆ノコト心配シテオリマス。
 E君ニ「カギサ」ノ整理ヨリ、日小ニ僕代理トシテ対外交渉ニ専念スル様、コノママ伝エテ様子ヲ知ラセテ下サイ。差シ入レノ本ノコトハ「Y君」ニ遠慮ナク依頼ナサイ。N君が留守ナラ本ノコト一切Y君二僕カラ次便二依頼シマス。次ノ本ヲハガキデ渡辺書店二注文シテ差シ入レ願イマス。国文館「アメリカ戦時経済卜金融統制」(塩谷九十九著)、今日問題社「大化改新」「源平盛衰記」。
 オ母様ヲ大切ニシテ下サイ。村上ノ姉デモ何デモ「社ノコト」「家ノコト」「私ノコト」口出シスル者ハ相手ニ絶対シナイコト。ドンナニツラクトモ、私ノ帰ルマデト辛棒願イマス。身体ヲ大切ニシテ下サイ。
   (昭和十九年二月二十三日)
3  夫人宛て
 東洋経済、実業の日本、アサヒグラフ、週報、有難ウ。感謝シテ読ンデオリマス。チリ紙モ第四回入リマシタ。鼻水生活デ沢山使イマシタガ暖カクナルト使ワナクナリマショウ。風邪デハナイカラ安心アレ。
 御書(日蓮聖人遺文集)ダレカラカ借リテ下サイ。珠数ノ差シ入レ願ウ。法華経ノ講義書、千種先生カ堀米先生カラカ借リテ入レテ下サイ(ナルタケ一冊カ二冊ノモノ)。
 新刊雑誌(日ノ出、富士、講談クラブ、講談雑誌、中央公論、改造等)頼ミマス。夕ダシ雑誌バカリデナク、小説モ一緒ニ願イマス。
 コノ手紙ノツクコロ(三月初メ)着物、シャツヲ出シマス。暖カクナッタラ。シャッ、ズボンハ二度ニ出スカラ二枚ズツ用意ノコト。ワキ下ガ着物ハホコロビマスカラ、充分ニヌッテ下サイ。
 日ノ出、日ノ入リノ時間ハ気象台へ問イ合ワセニ行ッテ知ラセテ下サイ。三畳ノ独房生活デウゴクモノハ「日」ダケデス。三月十五日、三月二十五日卜十日オキデ結構、今年一月一日、十日ノ温度トコノ手紙ノツイタ日ノ温度。
 両全会ノコト「社」ヘ頼ンデヤッタノガ誤解シテイル様ダ。貴女ノシテ下サッテイルコトハ不足ハナイ。ムシロ行キ届イテイル。三月六日(月)両全会ガ「休ミ」(祝日ノ為)カモ知レヌカラ、二日(木)ノ日ニ、二度分オ役人二頼ンデ差シ入レノコト願ィマス。
 今ホシイガ両全会ニナイモノ。気ヲツケテアリ次第頼ンデ入レテ下サイ。石バン、ゾウリ、石バンフキ、花、盆栽。
 差シ入レハ私ニドンナニウレシイカハ貴女方ノ想像以上デス。特ニ病後デ、身体ノ鍛錬中ノ私ニ滋養剤クライ有難イモノハナイ。
 出所後次ノ如ク(タダシソノウチ一ツ)改名シテ一新。更生シテヤル。皆デ、ドレガヨイカ相談タノム。
 馨雅、城聖、雅公(仁)、雅皓、剛弘。
   (昭和十九年二月二十三日)
 ☆前述したが、戸田は心気一転を期して改名している。最後となった城聖の名は、獄中で考えだされたものである。
4  夫人宛て
 一 不許可ノ本宅下ゲ、品名不明。差シ入レ屋カラデモ調ベテモラッテ通知下サイ。シャツ(留置品)宅下ゲシマシタ。
 二 コノ手紙以後ハ、着物ハ冬物ヲ入レテ下サイ。秋ノモノデハナシニ。私ノ身体ハ普通ヨリ冬ガ一月早イ。
 三 書物前便デ何デモヨイト言ッテヤッタ。ナンデモヨイガ、出来ルダケ通俗的ナモノカ小説ヲ矢張リ多ク頼ム。ドウモマダ元気ガ去年ココニ来タコロマデ回復シナイ。貴女ト別レタコロノチョウド、八分目位ノ回復ダ。コレデモ大変ヨクナッタノダ。一時合物言ウ元気モナク疲レ果テタノダ。修養シテイル。修養トハ大変ナモノダ。シカシ丈夫ニナル。修業デス。私ガ御国ニ尽クシ抜イテ死ンダ時、貴女ノ今日ノ苦労ハ報イラレル。先日宅下ゲ品中「母ノ日記」菊地リン平著、必ズ読ミナサイ。信仰ニ生キタ人ノ姿デス。
   (昭和十九年九月)
5  夫人の弟宛て
 何カト親切ニシテモラッテ有難ウ。僕ノ留守中、僕ニ成リ代ワッテオ父サン、オ母サンヲ大切ニ、I子ヲ慰メテヤッテクレ。一日無理シテ、古本ノ買イ入レニ行ッテ差シ入レ頼ム。世界大衆文芸大集、改造社版(タシカ一冊一円カ五十銭デアッタ。四六判、赤イ表紙ノモノ、私ノ家ニモアルカラ版ハ違ウ。最近バン)ソレハ入レテハナラヌ。ソノ外、昔ノ時代小説、有名ナ世界的小説等古イモノヲ二、三十冊買ッテクレ頼ム。精神ヲ豊カニシ、力強クシ、暖カクシ、明ルクシ、明ラカニシ、丈夫ニシ、愉快ニシ、将来アル様ニト毎日奮闘ダ。察シテクレ。
 着物ノホコロビ出ヌ様Oニ責任負エト頼ンデクレ。
   (昭和十九年二月二十三日)
6  夫人宛て
 この手紙保存のこと。
 1 四月十六日付け手紙拝見。生活費のことで大変心配している。私の帰れるのも先はわからない。会社の方は一切整理だから、毎月の仕送りは面倒であろう、と思う。私は今まで他人の為のみ「よく」してやってきた。いつも私たちが苦しむのも仕方ない。貴女もしっかりして私の自由になる日まで待ちなさい。一切の掛け金をやめなさい。債券のご奉公以外は。ニコニコはよして掛け金を全部お父様に行って取って来てもらいなさい。そしてそれを生活費にしておくこと。商事会社の方の事もどうなっているか。心配している。
 2 先日判事にお願いしてお許しを得たからお父様(お前でなく)が会いに来てほしい。
 3 同様面会の事「日小」からもだれか一人なり二人なり、別に面会許可をもらってくる様話して下さい。
 4 厚田へ手紙をやって、ニシン、数の子、スシニシン、天草、例年通り注文しておきなさい。お金はあとで送りますと。出来るだけ沢山頼んでおきなさい。
 5 物資は今後ますます不足になる。これを、がんばるのが、今の日本人の生活だ。苦しくてもがんばって下さい。その時に差し入れを無理にたのむのは申しわけない。
 6 O子から四月初め手紙をもらった。タビカバーも暖かくはいている。Tにも小説の礼を言ってくれ。まことに有難い。一生皆の恩は忘れないよ。
 7 お父さんに「元気」にいてほしい。城外は心配している。
 8 御開扉願 祈念ノコト成就 戸田城外 として御本山に頼む。
 9 両全会、差し入れ中止の由だが。ネオスが入ってから大変よくなったが「リウマチ」に先月末からなり、体力も弱った。暖かくなったらの一念で来たのが暖かくなって、がっかりしたのかもしれぬ。それで綿入れも返せぬのだが、両全会の滋養剤はどうしても「のみたい」と思う。月、木と差し入れ日になった。
 小説たのむ。近日宅下げの日下藤吾の「戦争経済の構造」は大変よい本であった。なくさずに取っておいてほしい。
 時が来れは、私がいるといないに関せず幸福はくるよ。
   (昭和十九年四月二十一日)
7  夫人宛て
 何かと差し入れの事、ご苦労に思います。物資不足の時、何とも申しわけがない。この物資不足はまだまだひどくなる。そのつもりで生活計画を立てなさい。私の差し入れも貴女以外にはだれも真剣になってくれる者がないのだから、どうか今しばらくと、熱心にがんばって下さい。私のいた時の様に、だれもが親切でなくても、それはあたりまえなのだから、そのつもりで一人で、しっかりと万事に働くのですよ。人を頼らず私の言った通りよく守って、その通りにしなさい。不動貯金も解約しましたか。解約しましたら現金をうけとっておくのですよ。
 一 着物差し入れの件
 ① 合着ノシャッ間イ合ワセ。私の室にはない。宅下げしたと思う。宅下げしてなければ入り口に預けたままか、記憶がない。
 ② セルを返したから、袷は入るはずだが、入らぬところをみるとセルも手元に届かぬのか心配している。
 ③ 綿入れを返したし、袷たのむ。
 ④ 今度綿入れを返したら単衣。冬シャツ返したら夏もの(合着)。腹マキも一緒に返すから別のをたのむ。
 二 本
 月五日で小説がなくなって、全部本は宅下げ、その間くるしんだ。
  きょうもまた いかにくらさん 独房に
     あさげすまして なすこともなし
 と言う様な工合で、差し入れ本は、どんな本でも皆読んでいる。ヴィガーの貨幣論など、二度、三度と読んで頭に入れている。小説について新しい経済学書(Dにたのめ)を入れて下さい。この手紙つき次第、台町の本屋、二本榎、目黒と本屋に行って「小説」下さいと言って買うのです。こんなのはどう、とか、あんなのとか考えると買うのがなくなるから、坊やか、おばあちゃんに買いに行ってもらって、小説ならなんでもよいと言う考えで、どんどん入れて下さい。
 本はまだまだ高く定価以上になります。坊やの為、辞書類は買っておいてやりなさい。太白書房の本、H君に頼んで行ってもらって入れて下さい。黒田如水(宅下げしたもの)貴女読みましたか、読んだらSに読ませなさい。雑誌たのむ。『現代』の五月号ありませんか。人にたのまず、自分で、どんどん出るのですよ。
 三 鎌倉、今年も坊やの為、去年の家の室を頼んでやりなさい。坊やの丈夫になったのは、夏の練成が、大変役立っている。必ず今年も借りてやりなさい。現代の者は大切だ。ことに私の汚名をそそぐ為には、親子二代がかりだ。面会に来る手紙はとっていますか。
 四 滋養剤ネオスは本月一パイ差し入れしなくてもよい。B剤たのむ。両全会の差し入れたのむ。部長さんに貴女が面会して頼みなさい。私の身体の事情は知っているから、もし都合悪い時はUさんの知人から話していただくか、E君、G氏に話して手続きをさなさい。できるのです。できないと止めてしまえば、何でもダメと思う。
 お体大切にしなさい。
   (昭和十九年五月十日)
8  夫人宛て
 一 オ父サンニ次ノコト依頼シテ下サイ。
 台町ノ家屋大至急「I子」名儀二書キ換エテ下サイ。
 P君ニX氏カラ裁判所へ訴エ夕由ノ通知アッタガ、私ガ帰ヅタラ一銭ノ損モ掛ケヌカラ、面倒ナコトセズ待ッテホシイトヨクタノメト伝エテ、返事ヲ下サイ。
 二 二十八日付ケ手紙拝見、種々差シ入レ有難ウ。生活ノコトオ父サンニマカセテヒトマズ安ンジテイル。感謝。
 三 種々ノ人ニ、マタ社ニ、差シ入レノコト頼ム様ニ。小説及ビ滋養剤ヲ頼ムノハ、貴女ガ買イ整ェルノニ大変苦労ガアルト思ッタカラ。少シデモ手伝イシタイカラデス。「コンナニ言ッテキマシタ」トダレデモ言ッタラ、滋養剤、小説ヲホシガルガ、ナカナカコチラデモナクテ困ル、ドウカ少シデモ応援下サイト言イナサイ。「コチラデイタシテオリマス。ゴ安心下サイ」ナドト言ッテハナラヌ。頼ム理由ヲイッテ頼ミナサイ。「ドンナ」ニシテクレタカヲ後デ知ル材料デス。
 四 宅下ゲノ本中「渡辺畢山」子ドモノ教育上、是非読マセテ下サイ。「走馬燈」ハ貴女ガ読ミナサイ。
 五 ノミ取リ粉(強カノモノ)大至急。
 六 チリ紙ハニヵ月分アル。差シ入レスルナ。家デ不自由デハ困ル。
   (昭和十九年六月二十日)
9  夫人宛て
 一 フトンノ中シキブトンヲ取リ換ニタイ。八月五日頃返シタイガ、モシ、コノ手紙ガツイタラ、宅下ゲスル様、保ゴ会カラ催促シテクレ。掛ケハキレイダ。毛布モ一緒ニシタイ。タノム。シキブトンハデキルダケ厚イモノヲ入レテホシイ。
 二 手拭イ、デキタラ一本タノミタイ。
 三 メガネ、今シテイルノガコワレカケテイルガ、去年君ニ作ッテモラッタノガ、金庫カ「日小」カニアル。Kサンニサガシテモラッテ(E君デモ)、ソレヨリ、右ヲ一度ヒククシテ左ヲ一度強クシタモノガ差シ入レラレマイカ。外デ係役人ニ言ッテ外ノ手続キヲシテ下サイ。
 四 ノミ取リ粉入ルトバカリ聞イタモノダカラ、何度モ催促シテスマヌ。申シワケナイ。七月五日ノ手紙拝見。スマナイト思ッテイル。雑巾有難ウ。ゾーリモ有難ウ。
 五 差シ入レニ万事注意ガヨク行キトドキ、実二有難イ。「親」ニモ優ル親切タダタダ感謝。
 六 ビタミンノ補給ガ先月カラ皆ノ努力、貴女ノ親切デヨク効イテ、身体ノ調子ガメッキリヨクナッタ。五月ニハトテモツカレ果テタ身体ガ見違エル様ダ。身ノ真ハ大変ヨイノダガ、栄養不足カラ弱ッテイルノダカラ、滋養剤ハデキルダケ沢山願イマス。子供ガ親ノ乳ヲ待チコガレル様ニ入ルノヲ待ッテイル。私ガ留守ダカラ他人ハヨク世話ハシテクレマイガ、私モ頼ムカラ、関係者ニドシドシ頼ミナサイ。
   (昭和十九年七月二十四日)
10  夫人の父上宛て
 オ父様オ母様永イコトゴ心労。行キトドイタオ世話。タダタダ感謝デゴザイマス。ドウカ強ク生キテイテ下サイ。不孝ノ罪ハ、ドンナニシテモオ返シ致シタイノデス。
 今ドンナニ苦シクテモ貧シクテモ、私ノ生キテイル限リ「富メル者」トノ自信ヲ失ワズニイテ下サイ。私ハ貴方方ノ養子デハモウアリマセヌ。「実子」デスゾ。毎日私ハ、「国恩」「オ世話ニナッタ方々二」ゴ恩ヲ報ゼント、一心ニ「精神修養」ニ邁進シテオリマス。
 「健全ナル精神ハ健全ナル身体ヲ作ル」トイウ悟リノモトニ、「肺患」モ「ゼン息」モ「心臓病」モ「リウマチ」モ、根本的ニ「治ス」努カシテオリマス。非常二丈夫ニナリマシタ。
 精神修養ヲ肇メテカラ一時ハ「生キル」力モナクナッタ私ガ、「メキメキ」丈夫ニナリ「強クタクマシク」「清浄ニ」「安心シキッテ」生キル工夫中デス。一ツニハI子(夫人)ノ努カデアル、滋養剤ノ多量摂取モ「力」アリマス。厚クI子ニ礼ヲ言ッテ下サイ。心デ泣イテ飲ンデイルト。宅下ゲノ「フトン」大変汚レマシタガ、室ハキレイナノデスカラ安心シテ下サイ。
 一 チリ紙十月一杯マデアリマス。石ケンハ一昨日新シク入リマシタ。有難ウ。大事ニ大事二年内使ウツモリデス。
 二 五月ノ差シ入レノ金使ッテシマイマシタガ、マダ預ケルノガアリマショウカ。オ取リ調べ願イマス。
 三 メガネガイヨイヨコワレマシタ。右一度弱ク、左一度強ク、ガウマクイカナカッタラ、古イノヲ入レテ下サイ。「古イノデモ玉ノ大キイ方」
   (昭和十九年八月十一日)
11  夫人宛て
 一 生活ノコト心配シテイル。会社へ愈々ノ時ハオ父サソカラ相談シテモライナサイ。最後ニハ判事サンニオ願イシテ私ノトコロヘ来ナサイ。心配カケマイナドト思イナサルナ。私ニハ充分ノ考ニガアル。安心シテイナサイ。
 二 決シテ、諸天、仏、神ノ加護ノナイトイウコトヲ疑ッテハナリマセヌ。絶対ニ加護ガアリマス。現世ガ安穏デナイト嘆イテハナリマセヌ。真ノ平和ハ清浄ノ信仰カラ生ジマス。必ズ大安穏ノ時ガマイリマス。信心第一、殊ニ子ドモノ為ニハ、信仰スル様。ゴ両親トモ、信心ハ捨テマセヌ様。
 三 堀米先生ニ。去年、堀米先生ヲ「ソシッタ」罰ヲツクヅク懺悔シテオルト話シテ下サイ「法ノ師ヲソシリシ罪ヲ懺悔シツツ、永劫ノ過去ヲ現身ニ見ル」卜言ッテオリマスト。
 四 オ父様ニ「本年ノ仕事」ハ私ガ帰ルト、国家的事業ノ一役トシテ、大事ナ事業ニナリマスカラ決シテ廃業ナドセヌ様、私ノ帰ルマデ、持チコタエ願イマスト。
 五 コノ手紙ノツク頃カラノ宅下ゲノ着物ハ、秋ノモノト願イマス。コチラハ一段卜寒イト思ッテ下サイ。
 六 雑費用ノ金ノ差シ入レ、残金ノ有無ガワカラヌノデ一寸困ッテイマス。五月ノ差シ入レ金ハ使ッテシマッテ、ソレヨリ以上五十円位ニナッテイルト思イマス。コノ手紙ツキ次第「弁当券」十枚差シ入レ願イマス。十枚以上ハイリマセヌ。雑巾二枚入ッタウチ、一枚ガボロボロニナリ、二枚目使用中、差シ入レガ許サレタラ、ドウカ差シ入レタノム。オ部屋ハオカゲデ、大変清潔デス。安心シテ下サイ。
 七 差シ入レノ本ゴ苦労様。身体ガ元気ニナッタノデ、ドンナ本デモ読メマス。ドウカ何本デモ、本ナラ手アタリ次第心配セズ入レテ下サイ。料理ノ本デモ、哲学デモ、化学、物理、植物、高級、低級カマイマセヌ。特ニ読ミタイト思ウノハ「キリスト教」「カント哲学」「西洋史」「浄土宗関係ノ経文」「中等程度物理化学」。
 皆貴女ノオカゲト有難ク思ッテイル。心配ヲカケタ「心臓」「気管支」「ゼン息」「糖尿」皆全恢。今ノトコロ「リウマチ」ガ九分マデ、悪イノハ「目」卜「痔瘻」。元気ガヤット八分通リノ回復トイウダケデス。リウマチハ絶対ニナオシマス。タダシ「目」卜「痔」ハ精神卜滋養剤デナオルモノカ、一、二ヵ月見テ下サイ。修養トイウモノハ毎日毎日ノ努力デス。(カルシュウム薬ハゼヒタノム)
 八 差シ入レノ滋養剤ハ全部「血」卜「肉」卜「骨」トニナリマス。ドウカB剤ヲ今ヒトフンバリ頼ミマス。戦時ムキノ「体力」卜「偉大ナ努力」卜修養デ、「健全ナ一大精神ノ完成」ニ邁進。
   (昭和十九年九月六日)
12  子息宛て
 p殿(A子=姪=ニヨロシク。私ガ大変喜ンディルト伝エテ下サイ)
 一ノ関へ疎開シタト聞イタ。楠正行公ハ、十一歳デオ父サンノ志ヲツイダ。オ前モ十ダ。立派ナ日本人トナル為二、一人デ旅二出ル位、ナンデモナイ。強ク、正シク、生キナサイ。日本人ハ「神様」ニナレル。正行公モ神様ニナッテイル。男タル以上「神」ニナル決心デ修養ナサイ。一切ノ修養ノ大本ハ「丈夫」ニナルコト。強イ男ラシイ身体ヲモツコトダ。丈夫ニナルノハ、一心ニ「丈夫」ニ俺ハナルトマズキメテ、サテ、ドウスルカハ、後ハ自分ノ工夫ダ。
 オ父サントハマダマダ会ニマセヌガ、二人デ約束シタイ。朝何時デモ君ノ都合ノヨイ時御本尊様ニムカッテ題目ヲ百ペン唱エル。ソノ時オ父サンモ、同時刻二百ペン唱工マス。ソノウチニ「二人ノ心」ガ、無線電信ノ様ニ通ウコトニナル。話モデキマス。コレヲ父子同盟トショウ。オ母サンモ、オ祖父サンモ、オ祖母サンモ、入レテアゲテモヨイ。オ前ノ考エダ。時間ヲ知ラセテ下サイ。
   (昭和十九年九月六日)
 ☆当時、最愛の一人むすこは小学生。空襲はげしい東京から一ノ関の叔母(戸田の妹)のところへ疎開していた。
13  夫人宛て
 一 p(子息)ノ一ノ関生活ハドウカ。通報ガホシイ。毎日案ジテ、子ドモノ為、題目ヲ唱エテイル。貴女モ信心第一ニ、先祖ノ罪障消滅、国運隆昌ノ祈念毎日スル様。Pノ為ニハ、大局的教育ヲ考ニルコト。オ母様ガ一緒ナラ次ノ如クシタラドウカ。一月ノ中、オ母様卜十日間、オ前卜十日間、一人デ十日間トシテ最初独リ生活ヲ慣ラシテハ。即チ十日交替式トイウコトヲ考エテゴラン。
 二 タンゼン、冬シャツ、モモヒキ、タノム。今少シデ身体ノ完全回復二近イガ、マク寒サトイウ大敵ガクル。ガンバルツモリ。私ノ留守中、オ父サン、オ母サンヲ大切ニスルコト。
 三 宅下ゲノ本ハ一冊モ無クセヌ様。全部私ノ読ンダモノダガ、帰ッテ思索ヲマトメル時二入用ダカラ。
   (昭和十九年九月三十日)
 ☆宅下げというのは、獄に差し入れたものを自宅に持ち帰ることをいう。いまでも戸田が獄中で読んだ本は、家宝としてまとめられている。
14  戸田の妹宛て
 世ノ中ニ奇跡ハ実際ニアル。目ノ前ニ存在シタ。オ前ガ私ヲ世話スル。コレガ奇跡デナクテナンデアロウ。コノ奇跡ヲ感謝デ終ワラセタイ。ドウカ、次ノコトヲ心得テホシイ。
 一 P(子息)ニ毎日御本尊様ヲ拝メル様ニシテヤッテホシイ。オ前方モ純真ナ信仰生活ニ入ルガヨイ。
 二 Pヲシカッテハナラヌ。自ラヲ規正スルコトノデキル勝気ノ性質ノ子ダ。叱ッテハナラヌ。ドンナ悪イコトヲシテモ「ジット」見テテ「ホシイ」。決シテ叱ルナ。甘イ甘イ叔母ニナッテクレ。甘イ甘イ叔母ニナッテクレタラ、私ハ大感謝スル。賢明、賢良ナオ叔母様ニナッタラ、私ハ感謝ヲ忘レナイ。「昔通リ」馬鹿扱イト心得ラレヨ。教育ニハ「教授」「訓練」「養護」卜三通リアル。「教授」モ「訓練」モ頼マヌ。決シテ教育ヲシテハナラヌ。タダ養護ノ役、宿屋ノ主婦トシテイテクレ。自由ニナッタラ、ソノ時一番ニ大感謝ニ行ク。「A子(姪)」ニヨロシク。今度会エル日ヲ楽シミニシテイルト伝ニテクレ。
   (昭和十九年九月三十日)
 ☆戸田には妹が二人ある。すぐ下の妹は札幌市に在住。手紙の妹は、小さいときに養女にやられた一ノ関在住の妹である。わが子にたいする教育法はまことに厳たるものがあって、たとえ一時世話になる妹にも、「養護」の役のみを依頼している。
15  夫人宛て
 冬シャツが入らないので大変寒い。十月五日に冬の「ももひき」が、袷と一緒に入って今日(十四日土曜日)で九日である。キット何かお役所の記帳上の誤りで、入らないのであろうと思う。
 一 タンゼン、綿入れを入れて下さい。寒さにむかって夏中ようやく病気はなくなったが、身体の衰弱が回復しないので、少し寒いと手足の先が冷えきって寒くてたまらぬ。この冬が思いやられます。
 二 両全会が、差し入れできると思います。部長さんに頼んで下さい。栄養剤を是非差し入れ願います。
 三 本が今日で一冊も読むのがありませぬ、どうか頼む。お母様が留守になってから、九月から差し入れが粗末の様に思う。何もかにも不足がちの生活だが、戦時中だからこれでも有難いとは思っているが、入れられる物はどうか工夫して入れてほしい。雑巾は入らぬか。
   (昭和十九年十月十四日)
16  夫人の父上宛
 I子(夫人)が留守か、だれか病人かと毎日案じておりましたがいかがですか。余りに帰れないので、元気を落としておりますか。時勢は私共一家でなく一同に苦労の時です。どうか、がんばって元気でおって下さい。日夜、お父さん、お母さんの無事を祈っております。国家の大変も思い一日も早く帰って、志を集中したいと思っています。非常時差し入れの苦労は申しわけありませんが、左の事項何分よろしく願います。
 一 差し入れ金……八月末日調査報を願った残金使ったのを累計して、もう今月でありませぬ。弁当(一食八十銭)たべておりますのです。どうか至急差し入れ下さい。
 二 弁当券……金がなくなって買わずにいます。三十枚願います。
 三 冬シャツ……十一月二十五日上下二組入りました。ただ今一枚です。もう一枚入れて下さい。0子に頼んだのができれば何より結構。でなければ普通ので、つぎだらけでよいです。
 四 ズボン……これは二枚あります。一枚ヒザが抜けました。一月ごろ取りかえて「つぎ」して下さい。差し入れ屋に用意しましたら「ハガキ」下さい。破けた方を宅下げいたします。
 五 ネオスしばらくありませぬ。手に入りませぬか。他の滋養剤はどうでしょう。時勢を思うと、無理にとはこのごろ申されませぬ。ただ丈夫で帰りたい一念の為にです。
 六 どうかI子の力になってやって下さい。元気でいて下さい。差し入れの事、社へもCさんへも頼みましたが、今は差し入れ金だけのさし迫っての不自由で、後は辛抱の決心です。
 (昭和十九年十二月二十二日)
17  夫人の弟宛て
 一 お父さんお母さんを兄さんにかわって大切に。
 二 寒さの時、お前の身体をごくごく大切に。
 三 I子(夫人)をよく慰めてやってくれ。O子にもよく子を慰め元気づける様。
 四 D君に「エビオス」を探してもらってくれ。お父さんから話してもらって下さい。
 五 本が何かあるまいか。何本でもよいが。
 六 私が帰ったら国家の為にも、皆の為にも、命がけで働き、国恩にも皆の恩にも報いる決心。毎日寒さと戦いながら春のくるのを待っている。
   (昭和十九年十二月二十二日)
18  夫人宛て
 一 封カンハガキ、当所品切レ。大至急、二枚デモ三枚デモ差シ入レ十枚マデヨシ。
 二 エビオス無クナッタ、大至急。
 三 チリ紙本月ニナッテ差シ入レナシ。ナクテ困ル。
 四 タオル(二十四日)、足袋、フンドシ(十二月二十八日)ニ宅下ゲセル代ワリヲ、大至急入レヨ。下ゲタモノハ何デモスグ入レテ下サイ。
 五 袷ノ代ワリ綿入レ十一日ニ入ッタ。温カクテウレシイ。カゼヲヒイテイタノデナオ有難イ。チリ紙モ使イスギタノダ。鼻水デネ。
 六 姓名判断ノ本ガ私ノ机ノ引キ出シニアッタハズ。差シ入レタノム。(差シ入レ物ハナンデモタノム)
 七 花ノ差シ入レ十日ニアッタ。有難ウ。大変ヨク活ケマシタ。先月入レテクレタ水仙ハ、今デモ咲カシテイマス。
 八 盆栽ヲ宅下ゲシタガ記念ニヨク育テテ下サイ。
   (昭和十九年十二月)推定

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