Nichiren・Ikeda
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第二東京幹部会
「生老病死」の人生を楽しく
1983.1.22 「広布と人生を語る」第4巻
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13 第二東京の広布の未来は、ひじょうに開けてきた。これも皆さま方の信心と尽力のたまものと感謝申し上げる。
戦後、戸田先生が広布の指揮をとられ、東京に十二支部が誕生した。次は関西であると、私は幾度となく先生にお話しし、その任務を与えていただいた。仕事もあり、毎週土曜日から日曜日にかけて走ったものである。
それが今日では、押しも押されぬ大関西になったことは、誇りであり、自分の歴史と思っている。
関西とあいまって、戸田先生の指揮で各地の地方折伏にも力をそそぎ、多くの先輩の方々が全国を駆け、学会の基礎を築いてこられた。その方々の誇りの歴史もまた、それぞれの胸中に残るにちがいない。
いま、第二東京の広布に走る皆さま方も、また同じ歴史をつくっていただきたい。
14 私は数年前より東京二十三区の次は、第二東京に大拠点をつくり、ここを広げていくことが未来の重要な課題になると、ひそかに思っていた。立川文化会館を第二東京本部とした理由もここにある。土地は広く、美しい自然も残っている。人口も年々、急増している。発展の諸条件はすべてととのっている。
この未来性に富んだ地に、広布の楽土を建設しなければならない。悪の跳梁を許してはならない。この思いで私は構想を練り、静かに力をそそいできたつもりである。
皆さま方もほんとうに力をつけられた。それぞれの地域で信頼の根を張ってこられた。希望の天地に、広布の水かさは着実に増しつつあり、うれしいかぎりである。
第二東京の新生の旅立ちとかぎりない発展を心から念願し、あいさつとしたい。