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新時代第35回本部幹部会 ワイマール・ゲーテ協会特別顕彰授与式、創立80周年記念第2回全国青年部幹部会

2009.12.12 スピーチ(聖教新聞2009年下)

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18  悩みに負けるな 自分らしく光れ
 かつてゲーテが自らの全集を寄贈したアメリカのハーバード大学で、私は2度、講演いたしました。
 そこで私は、仏法の生死観の真髄を「生も歓喜、死も歓喜」と論じました。
 〈SGI会長は2度目の講演「21世紀文明と大乗仏教」で、生死の苦の解決こそ、哲学・宗教の出発点であったと指摘。大乗仏教で説く「大我」とは「一切衆生の苦を我が苦となしゆく『開かれた人格』の異名」であるとし、「大いなる人間性の連帯にこそ、いわゆる『近代的自我』の閉塞を突き抜けて、新たな文明が志向すべき地平があるといえないでしょうか」と展望。そして「『生も歓喜であり、死も歓喜である』という生死観は、このダイナミックな大我の脈動の中に、確立されゆくことでありましょう」と述べている〉
 終了後、万雷の拍手を送っていただいたことは、今もって忘れることができません。
 また、フランス学士院、中国社会科学院や北京大学など、世界各地の学術機関で講演を行ったことも、懐かしい思い出です。
 ともあれ、いかなる苦難があろうとも、大宇宙の法則に則って、正義の道を開き、人々の幸福を祈り、今を真剣に生ききっていく。その生命は、生死を超えて、歓喜に躍動するのです。
 太陽が輝いて全世界を照らすように、永遠の大歓喜に生命が包まれる。その原動力が仏法です。
 その反対に、悩んで、悩みに負けて、いつも不満ばかり。自暴自棄になって、人の幸福を妬む。人を蹴落としても、自分さえよければいい──そうした醜い心に支配されてしまえば、結局は不幸である。愚かです。
 大歓書の人生を生きよう!
 戦おう、大いなる希望のために!
 そこに人生の醍醐味がある。
 自分らしく、自分の夢のために生ききって、素晴らしい毎日を送るための信仰です。
 これを実行しょう!〈「ハイ!」と元気な返事が〉
19  生き生きと!
 ゲーテが生涯をかけて挑戦し続けた、教育の発展も、文化芸術の興隆も、福祉の政治も、そして人類の平和と幸福も、その根幹には、正しき生命観・生死観の確立がなければならない。
 これが21世紀の焦点であります。私がお会いした世界の識者も、この点に深く共鳴しておりました。
 私たちは、「常楽我浄」の生命哲学の旗を高く掲げたい。
 生き生きと、若々しく進もうではないか!──そう呼びかけるゲーテの声が、私の胸に響いてならない。
 ゲーテが願い求めた「人間の尊厳」のために、我らは、学会創立80周年の明年も前進しよう! 断固として、自分自身が勝ちまくっていこう! いいね!〈「ハイ!」と力強い返事が〉
 わが使命の戦野に躍り出たならば、勝たなければ損である。
 何のために生きているのか。何のために仏法があるか。
 それを胸に刻んで、「断じて負けるな!」と申し上げたい。
20  私の青春時代、師匠である戸田先生にゲーテの詩をお聞かせ申し上げた光景は、今も心に鮮やかです。
 先生の日々の薫陶は、正義が勝ち栄える社会を築きゆくためでありました。
 結びに、懐かしいゲーテの詩の一節を朗読して、御礼のあいさつといたします。
 「わたしはいつも人間のよろこびを謳う
  ただしい道をそれぬかぎり/人間は実にうつくしく/永遠に人間は偉大である」(大山定一訳「しろがねの真昼は…」、『ゲーテ全集第1巻』所収、人文書院)
 悲しみの道ではなく、喜びの道を、そして正しい道を、まっすぐに進むのだ。
 そしてまた──
 「臆することなく起って進め、/世の人々はためらい惑うとも。/気高い者が明知と勇気をもって事にあたれば、/すべてのことは成就するのだ」(手塚富雄訳『ファウスト』中公文庫)
 ダンケ! ダンケ!(ドイツ語で「ありがとうございました!」)
 誠にありがとうございました。
 きょうの式典のことは、ゲーテの詩歌とともに、皆、一生涯、忘れないでしょう。
 海外の友も、未来部の皆さんも、本当によく来られた。ありがとう!

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