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青年部代表研修会  

2008.8.1 スピーチ(聖教新聞2008年上)

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30  不幸の人を救え
 「若き日の日記」から続けたい。昭和31年4月25日。
 「大阪支部、九千二世帯との報告あり。未曾有の成果なり」
 「断固、五月度も追撃だ。一万世帯の夢も可能だ。上げ潮だ、怒濤の如き。不幸の人々を救っているのだ」
 「喜べ、舞え、叫べ、踊れ、歌え、妙法の健児達よ。同志たちよ」
 あらゆる地で私は、戸田先生のために戦い、先生の正義を叫びきってきた。そして、弟子の道に徹することによって、一緒に戦う皆も喜んで前進できたのである。
 特に、この「大阪の戦い」は、まさに命がけだった。
 決戦の日の早朝。5時ごろに戸田先生からの電話を受けき「東京はダメだよ」と言われた時のことは忘れられない。
 東京は盤石だと言われ、大阪は勝てないと言われていた。
 しかし結果は、東京が敗北。大阪は、大新聞が「まさかが実現」と報じる勝利を勝ち取り、関西中が沸き、日本中が驚いた。
31  私と共に毅撚と戦った関西の友
 翌年、大阪で参院補選の支援が決定し、再度、私が責任者に選ばれた。
 このとき、応援に来た幹部には、遊び半分や口先だけの者が実に多かった。真剣な同志の足を引っ張ったのである。結果的に、この戦いが、私の唯一の負け戦となった。そして、無実の罪で牢獄に入ったのである。
 驚き、あわてふためいた、情けない幹部もいた。
 しかし、私とともに毅然と戦ってくれた関西の同志がいた。
 人生という勝負の厳しい鉄則は、いつの時代も変わらない。
 「負けるに決まっているだろう」「勝てるわけがない」と言われていた戦いを、勝つ。そういう広宣流布の闘争を、私は貫いてきた。折伏をはじめ、すべての分野で、私はトップの結果を残してきた。
 私が頼りにするのは青年部である。優秀な君たちに、この師弟の大道を継いでいただきたいのだ。
32  長時間、ありがとう。役員の方々の真心の運営によって、そして婦人部の方々の強き祈りに包まれて、有意義な研修となっている。本当に感謝しています。
 厳しい暑さが続く。体にくれぐれも気をつけてください。
 皆さん、お元気で。勝利の人生を送ろう!

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