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日蓮大聖人・池田大作

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沖縄広布20周年記念総会 沖縄文化の昇華に仏法の光を

1974.2.8 「池田大作講演集」第6巻

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3  「人間広場運動」の要素
 さて、今年は座談会を軸として、いろいろな「人間広場運動」を私どもは展開していくわけでありますが、それについて、私の考えの一つを申し上げてみたいと思う。
 いったい、こうした運動が効果的に浸透していくには、どんな要素が必要なのであろうかという問題であります。
 いうまでもなく、もっとも大切な要素は、相手のことを思いやる一念でありましょう。自己の利益に奉仕する一念では、いわゆる悪徳商社と同じで、世の中を悪くかき回す結果になってしまいます。海外各地で日本の経済活動がきらわれているのも、策や計算が先立っていて“利他の精神”が欠如しているところに問題がある。
 これに対し、私どもが展開する活動では“利他の一念”の作用は、決定的となる。どうか、この一念をしっかりと貫いて、地域活動を進めていただきたいのであります。そして、あらゆる地域社会の人々より、信頼され、感謝される運動を続けていってほしいと、念願するものであります。
 次に考えるべき要素は何か。少々むずかしい表現になりますが、それについて私は「真理性」と「説得力」の二つの要素をあげてみたいのであります。教機時国抄のなかに、こういうことが述べてあります。すなわち「智第一の舎利弗は、鍛冶師には不浄観を教え、クリーニング職の人には数息観を教えたので、かえって邪見のものになってしまった。しかし、仏は反対に鍛冶師には数息観を教え、クリーニング職の人へは不浄観を教えたので、覚ることができた」というのであります。
 数息観というのは出入りする呼吸を数えて、心の安定を得る教法であります。不浄観というのは身の不浄を観じて、貪欲を治すという教えであります。
 これらは、ともに小乗の法でありますが、御文の意は、衆生の“機根”とそれに対する“教法”とが合っているかどうか、との観点から述べられた御書であります。
 このことを現代的な視座からみれば、私は、真理性と説得力の問題ともなろうかと、考えるのであります。
 ある本に、こういうことが書いてありました。「説得力および真理性という二つの要求が、しばしば両立しえないことは明白であります。まず、ある議論がどの程度の説得力を発揮するかということは、特定の相手を離れては決められない。卑近な例をとれば、真夏の夕立の時に、裸の子供にシャツを着せるためには、カミナリさまにおへそを取られますよというのは、もっとも説得力のある論法であるかもしれない」と、そして更に「もちろん大人は子供ほど無知ではないが、完全な洞察力を期待することもできないから、真理性と説得力の両面を考えなければならぬ」という意味のことをいっておりました。
 さて、私どもの主張と行動とは、どういう場合にせよ、ますます真理性の高いものになっていかなくてはならない。学理的な面では社会もどんどん進歩していきますから、当然、それを吸収していかなければ広宣流布という文化のリード役はつとまりません。昨年から新しい教学運動を展開しているのは、そのためであります。
 しかし、また相手かまわず、それらの真理を展開しても、実践の効果は必ずしも上がるとはいいきれないのであります。
 さきほどこの会合の第一部で、皆さんの郷土色豊かな伝統文化の演技をみせていただきましたが、じつに見事でありました。そしてただいま、私は、ここでやや硬い話をしているのでありますが、両方を比べてみれば、理論的な高尚さという点では、私の方に分があるかもしれませんが、妙法の世界のすばらしさに眼を開かせるという効果については、皆さんの心のこもった演技のほうが、むしろ、説得力を発揮していたかもしれません。
 こうした両者のかねあいの問題は、あらゆる行事についてまわるものでありまして、もっとも価値的に、効果ある実践をめざすうえで、欠かすことのできない課題といえましょう。説得力というものは不思議なもので、一言一句たがわす、そっくり同じことをいっても、信用と実力のある人のいったのと、そうでない人がいった場合とでは、相手の受け取り方が違ってしまう。ですから、広宣流布といえども人材しだいとなってくるのであります。この意味におきまして、どうか沖縄の皆さんは、たゆまずに社会的にも人間的にも成長に励み、立派な社会人、すなわち、実力、信用を兼ね備えた人材になっていただきたいのであります。(大拍手)
4  新生「沖縄」の建設
 話は変わりますが、同じ日本のなかとはいえ、北海道と沖縄とでは文化、特に生活様式のうえに大差があります。同じ生活の知恵であっても、北海道のそれをもちこんでも、ここでは役立ちません。やはり、この生活の知恵というものは、ここ独特のものであり、この地で皆さん方の手で、高めていく以外にないでしょう。
 沖縄は沖縄の手によって、伝統的な地域文化を愛するという、よい意味でのローカル・ナショナリズムは、この点について、大変必要なことだと、私は思います。“守礼の邦”沖縄の皆さんは、歴史的には苦難の連続のなかを、たくましくも生きぬいてこられました。どうかこのうるわしき島々が、皆さんの英知と忍耐の力で、理想境に、常寂光土に変わるまで、がんばってくださるようお祈りするものです。
 ここに沖縄の昔の歴史は、まことにおぼろのようであります。やや正確な歴史は鎌倉時代の初め、一一八七年の舜天王の即位以降の分でありますが、これは日蓮大聖人の御聖誕三十五年前にあたっております。
 とにかく、通説としては、沖縄人が列島に住みつくようになったのは、数千年以前であろうといわれ、本土と言語分離が生じたのは、いまから千五百年ほど前の大和時代のことであろうといわれています。その精神文化をみましても、十三世紀の中ごろ英祖が王位についたころに本土から仏教が伝来、それ以来、神仏混淆のかたちで今世紀まできたようであります。大陸に近いため必然的に隣の中国とも深い関係が生じ、神仏混淆的な土壌のなかに、儒教的な要素も加わり、そのほか文化の諸方面について、本土とはだいぶ様相を異にする独自の文化圏が構成されたといってよい。
 長いあいだ、その伝統のもとに、今日の近代化を待ってきたのが、沖縄だと聞いておりますが、現在では教育水準も高く、精神的な文化基盤をみても、決して他県に見劣りするような格差はみられません。
 そのなかで、とりわけ伝統の美を誇る沖縄の民芸は、その美しさや豊かさにおいて、他に類をみないといわれております。織物、染物、陶器、漆器、その他をみても、平均化による独創性の喪失ということもなく、生活の知恵が立派な保たれている。少ない道具で最大の機能を発揮することを考えた、これら民芸の知恵は、現代の工業デザインにも劣らないであろうと評価されております。
 このように、生活の知恵を発揮してきた県民性を、皆さんの手で、仏法の光を与えながら、ますますよりよき精神としてみがいていってほしい。
 現在の日本が陥った欠点といえば、産業知識の集約とその使用に成功したことに気を奪われて、真の文化知識の集約、使用を怠ったことに尽きるのでありますが、これからの沖縄は、そういうコースを避けて、新しき文化地帯として建設されたら、ほんとうにすばらしい地域になっていくのではないでしょうか。
 ともあれ、私はそうした理想境を三十年後へ夢見つつ、心から“沖縄に幸あれ!”と新生・沖縄の建設を希求してやまぬものであります。千里の道も一歩より、であります。過去二十年の沖縄広布史は、立派なものでありました。(大拍手)きょうよりは、また新しき広布史のために、第二の二十年、すなわち一九九四年二月八日に向って、足なみをそろえて、雄々しく第一歩を踏み出してください。お願い申し上げます。(大拍手)
 私は限りなき祝福の念をこめて見守ってまいります。ご一家そろって、いついつまでも健康で、ますます福運豊かな人生を満喫されますよう祈って、私の話を終わります。(大拍手)

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