Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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仏法は絶対の平和主義 アメリカ総登山者指導会

1964.8.6 「会長講演集」第11巻

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4  その証拠として、柏原本部婦人部長、和泉副理事長は牧口門下生です。信心二十年以上の方々であります。私どもは、まだ十年代のものであって若干後輩になってしまう。いまから二十年前の当時、大弾圧がありました。
 戦争中であって、創価学会は戦争反対でありました。苦しい目に、何回もあってきました。だが一年ごとに反対した人はぜんぶ落ちて、地獄へ落ちてしまった。がんばりきった人は、国会議員になり、福運をもち、お子さん方はみんな大学をでて、堂々として人生を生きているのです。たった十年か二十年のあいだ、信心根本とした純真な人と、反対に誹謗した人との違いの厳然たる事実を私どもはたくさん見ています。
 したがって、煩悩即菩提、また「難来るを以て安楽と意得可きなり」と。難があるということは、少しぐらいの批判があったり、苦しいことがあったとしても、日蓮大聖人様は、雨にぬれるようなものだ、あとはさっぱりするのだ、ちょうど秋から冬にいくようなものだ、その境目のようなものだ、引き潮と上げ潮の境目のようなものだ、あとは大きく革命されていく、大福運を積んでいくのだ、そこをよくわきまえていかなければいけないとおおせです。
 したがって、少し事件があったりなんかした場合、「障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」とあり、愚かなものは退転し、賢者は喜ぶということです。すなわち信心の強盛な人は喜んで、ああこれで次は大福運が積めるのだ、これで宿命転換ができる、このように考えていきなさいとのおおせであります。
5  いま、アメリカの同志の方々も、十人や二十人の時代と違って、何千人の同志が団結できうる時代にはいりました。これほど心強いことはありません。ただ心配なことは、組織が確立されればせされるほど、信心が強盛でなければいけない。また、和合僧は、おんしつをしたり、人をうらんだ場合には功徳はないし、結局は地獄に落ちてしまう。それだけが私は心配であります。その点をよく気をつけていただいて、お会いするたびごとに福運を積み、明るく、ほんとうよかったと、しあわせになったと、おまりにもしあわせになりすぎて、困ってしまったといえるようになっていただきたいと思います。
 皆さん方のご健康と、ご健闘とを心からお祈り申し上げます。また毎日、私はアメリカの同志の人をはじめ、ヨーロッパ、東南アジア、南米の同志方々にお題目を送っております。これだけ申し上げまして私のあいさつといたします。ご苦労さまでした。

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